「健康管理」、「環境」、「アラート」、「持病の治療」--押さえておきたい熱中症予防の4つのポイント
2024.5.29 更新
地球温暖化による気温上昇が進む中、日本では一年の半分近くもの期間、熱中症への注意が必要な時代になってきました。熱中症は条件次第でいつでも誰でもかかる危険性がありますが、適切な予防さえ講じれば防ぐことができます。熱中症予防に効果的な対策を、「健康管理」、「環境」、「アラート」、「持病の治療」の4つのポイントに分けて紹介します。
前編で紹介した通り、地球温暖化が進行する中、熱中症はもはや"熱災害"ともいえるレベルに達しています。
こうした状況の中で熱中症にならないためには、日ごろからどんなことに注意しておけばいいでしょうか。熱中症の治療や啓発活動に熱心に取り組む、帝京大学医学部救急医学講座教授の三宅康史先生は、熱中症予防のために日ごろ心がけておくべきポイントが大きく4つに分けられるといいます。それが「H・E・A・T(ヒート)」です。
「H」はヘルスケア(Health care)、「E」は環境(Environment)、「A」はアラート(Alert)、「T」は持病の治療(Treatment)のことを表しています。
「H」は、毎日心がけるべき健康管理を、「E」はエアコンを上手に使って室内環境を整えたり、外出時には日傘を使うなどして屋外での環境にうまく適応することを意味します。また、「A」は暑さ指数(WBGT)などの熱中症に関する様々な情報を入手、活用して予防に役立てること、「T」は高血圧や糖尿病などの持病がある方が病気を治療しながら、夏を無事に乗り切る注意点のことです。
「『熱』を意味するHEATの4文字に、熱中症対策で必要な要点を集約した標語です。HEATを意識して、熱中症予防に取り組んでほしいと思っています」と三宅先生は話します。
それぞれの内容について具体的に紹介します。
「H」が示すヘルスケアとは、毎日の健康管理のこと。熱中症が起こりやすくなるからだの状態があります。例えば寝不足や疲労、二日酔いなどの体調不良や、高血圧や心臓病、腎臓病、糖尿病などの持病があると発症リスクが上がることがわかっています。
「熱中症を防ぐための健康管理のコツは、しっかり睡眠をとり、疲労をためない、朝食を抜かずに3食しっかりとる、アルコールを飲み過ぎないなど、日ごろから健康に気をつけ、よい体調を維持しておくことです。3食しっかりとることで、栄養だけでなく水分や塩分も補給できるため、脱水予防にも貢献します。
熱中症の予防は毎日の健康管理から、と心得ましょう」と三宅先生。
健康管理は基本中の基本ですが、もう一歩進んだヘルスケアとして三宅先生が勧めるのが、「体温」、「心拍数」、「血圧」、「体重」の4項目を毎日測定するヘルスチェックです。
体温は新型コロナウイルスなどの感染症にかかっていないかどうかの指標になります。また血圧、心拍数、体重は体調や持病の状態はもちろんのこと、熱中症のリスクを把握するのに役立つといいます。
「血圧や心拍数、体重の変化は、血管内の水分量がどのくらいか、つまり脱水ぎみなのか、水分や塩分のとり過ぎなのかの指標になります。
普段よりも血圧が上がっていれば水分や塩分をとり過ぎている可能性があり、心拍数が多いときは脱水ぎみになっている可能性があります。また体重増加は、単に太っただけではなく、水分や塩分のとり過ぎでむくみが生じている結果として起こることもあるのです。
こうした自分の体調の変化を『数値』で把握するためには、毎日測定することが大切です。そうすれば上がったり下がったりの変化に気づくことができます。脱水ぎみであれば水分の摂取を増やしたり、逆に血圧上昇やむくみがある場合は塩分の摂取量を減らしたりするなどして、健康管理と熱中症予防を同時に行うことができるのです」(三宅先生)
変化を正確に把握するには、毎日同じタイミングで測定することが大切です。
例えば朝起きてトイレに行った後、寝る前などに測り、記録をしておくと変化が可視化され、健康を管理できます。
Environmentとは、環境のことです。身の回りの環境を涼しい状態に整えることで、熱中症を遠ざけることができます。ここでは、屋内、屋外でのそれぞれの環境の整え方について紹介します。
まず、一番重要なのはエアコンを適切に使うことです。その使い方のポイントについて、国立環境研究所気候変動適応センター室長の岡和孝先生は次のように話します。
「日中だけでなく、夜間も熱中症のリスクがありますから、一日を通して必要に応じてエアコンを使いましょう。
特に都市部はヒートアイランド現象で郊外よりも気温が高くなり、夜間も気温が下がりにくい傾向があります。外気が高い状態では窓を開けても室温は低下しません。また、室温が高い状態で扇風機だけを回しても、部屋を冷やす効果はありません。
熱帯夜では寝ている間の熱中症リスクが高まるので一晩中エアコンをつけっぱなしにする方がいいでしょう。肌寒いと感じるなら、設定温度を上げるなど、適宜調節しながら上手にエアコンを使いましょう。エアコンは熱中症予防に欠かせない"一丁目一番地"です」
電気代も気になるところですが、エアコンは短時間にオン、オフを繰り返すよりも、一定時間つけ続けている方が消費電力は少なくなります。
また、エアコンの冷気は部屋の下の方にたまりやすいので、扇風機をエアコンの風下に置いて、天井方向に風を送るようにすると、エアコンの冷気が室内を循環し、より涼しく過ごせます。
日中に部屋の温度を上げないためには、カーテンやすだれなどを使って、室内に日差しがあまり入り込まないようにする工夫も必要です。
熱帯夜でもぐっすり眠れるよう、寝具にも工夫をしましょう。例えば、天然素材では、麻は熱伝導率が高く熱を逃しやすく、水分を保持しにくいので素早く乾き、気化熱が生じて体温を下げてくれます※1。さらにシャリ感があって肌に密着しにくいので涼しく過ごしやすい素材といえるでしょう。こうした素材を使ったパジャマやシーツ、マットのほか、内蔵のファンで換気をしながら熱と湿気を逃すマットなど、新しいタイプの快眠商品も登場しているので、自分に合った商品を探してみましょう。
まず、炎天下に外出する際は、汗を吸いやすく通気性のよい素材の衣類を着用し、冷却シートや保冷剤、首を冷やすグッズ、日傘などを使いましょう。
三宅先生も、「最近、自分でも日傘を使うようになりましたが、直射日光が遮られるのでとても助かります。男性の方もぜひ使ってみてください。
また大きめの氷を入れた水筒を持ち歩くのもお勧めです。こまめに水を補充すれば、いつでも冷たい状態で飲め、体を内側から冷やすことができます。塩分の入った飴なども持っていると、大量に汗をかいたときの塩分補給が簡単にできます。
水に濡らしたハンカチや保冷剤などで大きな静脈が通っている首の横や手のひらを冷やすのも、体温を下げるのに効果的です」と助言します。
外出中のクールダウンや、日中の気分転換に外で涼みたいという人もいるでしょう。そうした場合に活用したいのが「クーリングシェルター(指定暑熱避難施設)」です。
これは誰でも無料で利用できる、自治体指定の"涼む場所"のこと。自治体によってはホームページで指定施設を掲載しています。図書館や公民館などの公的施設だけでなく、コンビニエンスストアやショッピングセンターなどの民間施設も増えてきています。中には水や塩飴などを提供しているところもあります。「クーリングシェルター」と書かれたステッカーやのぼりが目印になります。
クーリングシェルター・マーク
また、行楽地に出かけるときは、無理のない計画を立てることも大切です。
「特に小さな子どもや高齢者などは熱中症弱者です。こうした熱中症に一番弱い人に合わせた行動計画を立てるようにしてください。つい盛りだくさんの予定を入れてしまいがちですが、無理は禁物です」(三宅先生)
物理的な環境だけでなく、周囲の人との交流など人的な環境を整えておくことも大事だと、三宅先生は強調します。
「日ごろから家族や近所の人と会話をしたり、一人暮らしなら離れた家族などと電話やメールで連絡を取り合ったりしておくようにしてください。『暑いから気をつけましょう』とか、『体調は大丈夫ですか』など、日常的に互いに気遣うことで、熱中症を予防でき、仮に発症しても早期発見できて重症化に至りません。
"社会的環境を整える"ことも熱中症対策には非常に重要なのです」(三宅先生)
熱中症を予防するには、そのリスクがどのくらいあるか知っておくことも大事です。そこで活用したいのが、熱中症に関する情報です。正しい情報をもとに対策を立てることで、確実にリスクが減らせます。
夏になると、「暑さ指数(WBGT)」の情報が毎日公表されます。これは気温、湿度、日射・放射、風の要素をもとに算出されるもので、その日の熱中症リスクがどのくらいあるかを判断する指標となります。
暑さ指数の数値により、生活活動の目安や注意事項などが異なります。例えば、暑さ指数が31を超えれば「危険」レベルで、外出はなるべく避け、涼しい室内に移動することが推奨されています。また、日本スポーツ協会では、暑さ指数に応じた熱中症予防のための運動指針を出しています。外出や運動をする場合には、こうした情報を事前に確認しておくことが大切です。
環境省と気象庁では、熱中症の危険性が極めて高い暑熱環境が予測される場合、「熱中症警戒アラート」を発して注意を呼びかけています。さらに2024年4月からは、暑さ指数(WBGT)の予測値が35以上になった場合、前日に、レベルを一段上げた「熱中症特別警戒アラート」を発表することになりました。
これらの情報は天気予報やニュースなどでも公表されますが、環境省のLINE公式アカウントといったスマホのアプリなどからより手軽に入手することもできます。
熱中症で特に注意が必要なのが持病のある人です。
「特に高血圧や心臓病、糖尿病、腎臓病などのある方は熱中症のリスクが高くなるので、気をつけてください。高血圧で利尿薬を飲んでいると、尿量が増えて脱水になりやすくなります。また、心臓病があると全身に血液を送り出すポンプの働きが低下して、体の表面近くに血液が十分届かず、体の熱を逃しにくくなります。糖尿病では自律神経系の働きが低下してうまく汗をかけなかったり、過剰な糖を排出しようとして多尿になったりして脱水にも陥りやすくなります。また腎臓病の場合は、日常的に水分や塩分のとり過ぎに気をつけているので、やはり脱水に傾きやすいのです」と三宅先生は説明します。
熱中症予防には十分な水分と塩分の補給が必要ですが、これらの病気があると反対に水分と塩分のとり過ぎにも留意しなくてはなりません。例えば心臓病の方が熱中症予防にと水分をとり過ぎ、病状が悪化して救急搬送されるという例もあるのです。
「これらの持病がある方は水分や塩分の摂取で熱中症対策を考えるより、屋内の環境を涼しく保ったり、炎天下にはできるだけ外出を控えたりすることで熱中症予防を心がける方が安全だといえます。同時にヘルスケアのところで紹介した体温、血圧、心拍数、体重のヘルスチェックを行うようにしてください。これらの数値に変動がなければ、持病がうまくコントロールできている目安になるからです。かかりつけの先生に記録したメモを見てもらい、持病の管理と熱中症予防について助言をもらうといいでしょう」(三宅先生)
仕事中に従業員が熱中症にならないよう、企業ではいろいろな対策を講じています。特に屋外での作業の場合は熱中症リスクが格段に上がるため、熱中症対策が従業員の命を守るために不可欠だからです。
例えば送風機やミスト冷却装置、冷房設備のある休憩所などの設置、冷たい水や塩飴などの供給のほか、作業服にも工夫が凝らされています。その一つが、ファン付き空調作業服です。これは小型のファンで服の中に外気を取り入れ循環させることで、体表面の温度を下げるもの。保冷材などを組み合わせて利用することもあります。野外活動では、こうしたものを活用するのもいいでしょう。
また、IoT(Internet of Things)技術を使った熱中症予防策も登場しています。
「例えば建設工事の現場で働く従業員に腕時計型のセンサーを着用してもらい、脈拍数を常時測定して、そのデータをリアルタイムにチェックできる技術を導入している建設会社もあります。脈拍数が警告値を超えたら、すぐに対応できるので、従業員の体調管理や熱中症予防につながります。ほかにもヘルメットに暑さ測定器を付けて常時観測したり、温度や湿度などを検知してリスクが高い場合は表示灯と音声で警告したりする対策を導入している企業もあります」と岡先生は話します。
一般の人も購入できる熱中症対策IoTもあります。時計型のものは、体温や脈拍、心拍数などを測れるものは、体温の上昇を検知でき、アラームが鳴るようなものが安心です。また、センサーで計測した気温や湿度をスマホに送るシステムもあります。今後もIoT技術を使った新しい予防法の開発が期待されます。
台風や地震などの災害や、停電などへの備えは熱中症対策でも大切です。停電などでエアコンが使えなくなったときのためには何を備えればいいのでしょうか。
「やはり一番大切なのは水です。飲むだけでなく、体を冷やしたり、手を洗って感染症を防いだりもできます。災害はいつ起こるかわかりませんが、夏場はいつもより多めにペットボトルなどの水を準備しておくと安心です。また食料は必要な栄養素が入った液体タイプの経口栄養剤や栄養補助食品を準備しておくといいでしょう。栄養と一緒に水分もとれます」と三宅先生はアドバイスします。
熱中症への備えは、その人の体調、どのような環境にいるのか、持病があるのかどうかなどで大きく変わります。自分が今どのような状況にあるかを知ることが、熱中症予防のための次の一手を打つために不可欠です。「熱中症リテラシー」を高めて、地球温暖化時代を乗り切りましょう。
なお、熱中症かな?と思ったときの対策は、「熱中症の初期症状 知っておきたい応急処置まで」をご覧ください。危険な症状のチェックポイントや救急措置などについて詳しく触れています。また、熱中症予防のための暑熱順化の方法や、熱中症リスクが高い人、高い場所や時間などについては前編で紹介しているので、ぜひご一読ください。