もはや災害レベルの熱中症には、暑熱順化とリスクを下げる正しい知識が必須に

“地球沸騰化”時代の、新・熱中症対策

2024.5.29 更新

地球規模で温暖化が進む中、「暑い日が増えている」「夏の暑さが厳しくなった」と感じている人も多いのではないでしょうか。実際、日本の平均気温は上昇し続けており、2023年に熱中症で救急搬送された人の数は年間9万人を超えました。もはや熱中症は命に関わる災害レベルに達し、いわば「熱災害」といえると専門家は指摘します。地球沸騰化時代の熱中症対策は、早めの予防策が何より重要です。これからの時代、熱中症に負けない体づくりは春から!知っておくと必ず予防に役立つ熱中症情報を紹介します。

<ポイントのまとめ>地球沸騰化時代の熱中症には正しい知識で打ち勝つ

18世紀半ばから19世紀、工業化が進み社会が著しく変化した産業革命以降、地球の平均気温は上昇し続けています。2023年7月に、国際連合(国連)のグテーレス事務総長が「地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰化の時代が到来した」とその状況を語ったように、暑さは深刻な社会問題になっています。もちろん日本も例外ではなく、平均気温は100年間で1.29℃上昇し、2023年は観測史上、最も暑い夏になりました※1。

そんな猛暑が続く中で増えているのが「熱中症」です。2022年の熱中症による死者数は1,477人※2だったのに対して、同年の台風や地震などの自然災害による死者・行方不明者数は18人※3でした。
「夏は暑いのが当たり前」という、従来の熱中症に対する備えや知識だけではやり過ごせない状況になってきたといえます。
熱中症はもはや熱による災害です」と国立環境研究所気候変動適応センター室長の岡和孝先生は指摘します。熱中症に対する認識を変えるべき時期に来ているのです。

ただし同じ災害でも、地震や台風などの自然災害を防ぐことは難しい一方で、熱中症は適切な対応さえすれば予防できるのが大きな違いです。
熱中症の第一の予防策は、本格的な夏が到来する前から、暑さに強い体づくりをしておくことです。そのための方法が、運動や入浴などで日常的に汗をかくようにして、体を暑さに対応しやすくする「暑熱順化」です。

また、熱中症への備えに加え、何が熱中症のリスクになるのかについての正しい知識を身につけ、十分に理解した上で行動することも予防につながります。
例えば、熱中症のリスクが高い場所はどのようなところか、どんな条件が重なると危険なのかなど、具体的なシチュエーションを頭に入れておくと、予防策を講じることができます。
こうした知識を身につけるには、熱中症に関する信頼のおけるサイトをチェックして情報を得ておくことが助けとなります。
地球温暖化は、熱中症だけでなく、様々な健康への影響も引き起こします。今後2030~2050年の長期的な試算では、気候変動が原因となる栄養不足やマラリア、下痢、熱ストレスなどの増加が懸念されています。

東京でも2024年に、3月としては初めて、観測史上最高記録となる28℃を超える日がありました。
今や一年の半分以上が、熱中症への備えが必要な時代です。
常に熱中症に関する情報にアンテナを張って、暑い日も、暑い季節も健康に過ごしましょう。

  • 1 気象庁 日本の年平均気温偏差の経年変化(1898~2023年)
  • 2 厚生労働省 令和4年人口動態統計 「熱中症による死亡数の年次推移」
  • 3 警察庁 令和5年警察白書 統計資料「災害事故発生状況の推移」

炎天下に汗をかきながら公園に入っていく親子

<熱中症の今①>進む地球温暖化で日本の平均気温も上昇している

地球の平均気温は、産業革命から2020年までの間に約1.1℃上昇しました。この気温上昇は現在も続いており、前述したように、国連のグテーレス事務総長は「地球温暖化のレベルを超えて、地球沸騰化の時代が到来した」とし、「呼吸ができないほどの空気や耐え難い高温」の先にある最悪の事態を食い止めるための行動をすぐに加速させなければならないと危機を訴え、大きな注目を集めました。実際、2023年は世界でも日本でも、夏場の平均気温が観測史上最高となった年でした。

気象庁によれば、日本でも平均気温は100年あたり1.35℃の割合で上昇しており、特に1990年代以降は高温になる年が増えています。多くの人が「以前よりも暑くなった」「暑い日が増えている」と実感している通り、日本でも確実に気温上昇が進行しているのです。

日本の年平均気温偏差の推移グラフ

気候変動と健康の関係に詳しい、岡先生は次のように話します。
今後も気候変動が進むことで、気温はさらに上昇すると予測されています。例えば、このまま温暖化に歯止めがかからなければ、2050年には地球の平均気温が産業革命以前よりも2℃上昇、さらに2100年には4℃上昇するとの予測シナリオもあります。
このように温暖化が進む中で、私たちがこれまで経験してこなかったような最高気温が出現したり、暑さ寒さの気温の振れ幅が非常に大きくなったりする"極端現象"が起こることが危惧されています

<熱中症の今②>熱中症はもはや災害レベル、早めの対応が必要に

このような気候変動は、当然私たちの健康にも大きな影響を及ぼします。その代表が「熱中症」です。熱中症は、気温や湿度が高い環境にいると、体温調節がうまくできずに様々な症状が起こる状態のことです。例えば、頭痛やめまい、倦怠感などの様々な症状が起こり、前述した通り、最悪の場合には命に関わることもあります。

日本では2022年に台風などの自然災害で亡くなったり行方不明になった人が年間18人※3でしたが、熱中症による死亡者はそれより多い1,477人でした。
『夏は暑いのが当たり前』と考えている人が多いですが、ここまでくるとそのような認識ではすまされず、もはや一つの災害と捉えるべきでしょう。今後、温暖化がさらに進めば、熱中症が起こる時期が早まったり、熱中症による救急搬送が増えて救急車のひっ迫を招いたりする事態も起こるかもしれません
」と岡先生は警鐘を鳴らします。

下のグラフは、2008〜2023年、各5〜9月の熱中症による救急搬送者数の推移を示したものです。
2018年は調査開始以降過去最多の搬送者数で、2023年はそれに次ぐ人数になっています。一方、2020年の搬送件数が2017年までの数と同程度で少ないのは、新型コロナウイルス感染症の流行による外出自粛が影響していると考えられます」(岡先生)

熱中症による救急搬送者数の推移

さらに岡先生は次のように話します。「地球温暖化の時代、熱中症は"熱災害"であるという認識を持って、対処する必要があります。いつ起こるかわからない自然災害は対策を講じるのが難しいですが、熱中症は適切な対応をとりさえすれば防ぐことができます。環境が今までと違ってきていることを踏まえ、早め早めに熱中症対策に取り組むことが大切なのです

<熱中症対策の基本①>熱中症には先手の対応、暑さを感じる前に「暑熱順化(しょねつじゅんか)」を

地球温暖化時代の熱中症を防ぐため、ぜひ夏を迎える前に取り組みたいのが、「暑熱順化」です。暑熱順化とは、体が暑さに慣れることです。暑さが本格的になる前から、体を徐々に暑さに慣らす準備をしましょう。

熱中症に詳しい帝京大学医学部救急医学講座教授の三宅康史先生はこう話します。
暑い中に長時間いたり、体を動かしたりすると体の中で熱が作られ、体温が上昇します。すると体は皮膚の表面近くの血管を拡張させて熱を逃がすと同時に、汗をかいてその汗が蒸発する際の気化熱で体温を下げようとします。そうやって上がり過ぎた体温を逃がしているわけです。
『体が暑さに慣れる』というのは、暑くなったら血管を拡張させ、ちゃんと汗をかけるようにすることです。そのためには暑くなる前から運動や入浴などで汗をかいて、暑さに強い体づくりをしておくことが肝心です

新聞で、地球沸騰化時代の熱中症対策に関する記事を読んで驚いている男性

実は、梅雨の晴れ間や梅雨明け直後などに気温が急に高くなると熱中症になる人が急増するのは、体がまだ暑さに慣れていないからです。
特に注意が必要なのが、日ごろからあまり運動をせず、汗をかく機会が少ない人です。急な暑さに体がついていかない、ということがないようにするためにも、事前の暑熱順化が欠かせません。
では、まず「いつから」始めればいいのでしょうか。

暑熱順化には2週間ほどかかるので、始めるのは早ければ早いほどいい。5月には熱中症による救急搬送者が出始めるので、4月後半から5月くらいには開始した方がいいでしょう。ただし、暑熱順化には落とし穴があります。それは、一度暑熱順化ができても、その後に気温が下がって冷え込んだり、避暑地で汗をかかない生活をしたりしていると、体はまた『熱に弱い体』に戻ってしまうわけです。

こうしたことを考えると、特に熱中症に注意が必要な時期は、『5月の暑い日』、『梅雨の晴れ間』、『梅雨明け』、『お盆明け』です。
暑熱順化をした後、この間も継続して運動や入浴で汗をかく習慣を身につければ、暑さに強い体を維持できます
」と三宅先生は話します。

暑熱順化チェックリスト

次に、暑熱順化をするには「何を」すればいいのでしょうか。
暑熱順化には、ウォーキングやジョギング、サイクリングなどの屋外での運動や、ストレッチや筋トレなどの屋内での運動、湯船に浸かる入浴などが有効です。

屋外での暑熱順化

暑熱順化の目安。ジョギング1回15分、週5日。ウォーキング1回30分、週5日。サイクリング1回30分、週3日。

屋内での暑熱順化

筋トレ・ストレッチ1回30分、週5日〜毎日。入浴2日に1回。

※注:あくまで目安となります。個人の体質、体調、その日の気温や室内環境に合わせて無理のない範囲で行いましょう。

<熱中症対策の基本②>熱中症の正しい知識が身を助く!こんな場所や時間に注意

同じ気温や湿度の日でも、熱中症が起こりやすい場所と、リスクが低い場所があります。例えば、炎天下の屋外の熱中症リスクが高いのはもちろんですが、屋内でも熱中症の発症が多いことがわかっています。2023年8月に熱中症で搬送された人の約42%は住居内で発症していました※4。

室内で熱中症になる人は、エアコンを使っていなかったり、部屋の風通しが悪かったりと、環境を整えられていなかった人が多いのが特徴です。特に高齢者が多く、それは高齢の多くは持病を持っていて、飲んでいる薬の影響で脱水になりやすいといったことも影響しています。さらに一人暮らしの人は、熱中症で体調が悪化しても気づくのが遅れ、重症化するケースがあります」と三宅先生は説明します。

時間帯にも注意が必要です。熱中症というと日差しがきつい日中に多い印象がありますが、実は夜間も油断はできません。
近年、最低気温が25℃以上の熱帯夜が増えていることに加え、最高気温が30℃以上の真夏日や35℃以上の猛暑日も多く、日中の熱が建物自体に蓄熱されて室温が高くなりがちなことも夜間に熱中症が生じる原因になっているといいます。
建物が日中の熱を吸収し、夜間にその熱を放出するため、夜になっても室温がなかなか下がらないのです。エアコンで十分に室温を下げないと、寝ている間も高温状態が続き、熱中症に陥ることもありますから、注意が必要です」と岡先生は注意を促します。

熱中症は「環境」「体」「行動」の3要素が重なって発症します。
「環境」とは、気温や湿度、日差し、照り返し、風などの状態のこと。「体」は、暑さにどのくらい慣れているかという暑熱順化の状況だけでなく、年齢や持病、疲労や睡眠不足などの体調不良の有無も関係してきます。そして「行動」とは、運動しているか、屋外で作業しているのかなどです。
これらの3つの要素のそれぞれの条件がどれだけ重なるかで熱中症のリスクが決まります。

では、どのような場所や環境、時間帯、さらにはどんな条件が重なると危ないのでしょうか。
例えば、下記のような条件が重なると、熱中症のリスクが高いといえます。熱中症を防ぐポイントは、具体的な状況を思い浮かべながら、どうしたら熱中症リスクを回避できるか、頭の中でシミュレーションすることです。

熱中症リスクが高いのはこんな場所や条件!

<危険な場所>

  • 照り返しがきつい日中のアスファルト舗装道路(小さな子どもやペットは特に危険)
  • 西日が当たる、風通しの悪い部屋(特にそこに一人で暮らす高齢者。異常があっても発見されないリスクが高い)
  • エアコンがない部屋、もしくはあるのに使っていない部屋
  • 高温下で扇風機を回しているだけの部屋
  • 窓を開けているが、熱風しか入らない部屋
  • 日差しが入り込んでいるのに、カーテンもシェードもない部屋
  • 日中閉めきりだった部屋(蓄熱で夜になっても室温が下がらない)

<危険な状況>

  • 風通しの悪い体育館で激しいスポーツ
  • 日陰がない場所でキャンプ
  • 停めた車の中に子どもを置いてその場を離れる(ちょっと買い物だけでも放置するのはキケン)
  • 風を通しにくい服にヘルメットをかぶってのレジャーや工事などの肉体作業、たくさん汗をかいているが水分補給が足りない
  • つばの大きい帽子をかぶらずに、ベランダや庭で洗濯物や布団干し、ガーデニング
  • 睡眠不足や疲労状態で日傘もささずに炎天下を歩く、など

<気をつけるべき人>

  • 屋外で働く人
  • 高齢者
  • 乳幼児
  • 女性
  • 妊婦
  • 肥満の人
  • ダイエット中の人
  • 糖尿病や腎臓病などの基礎疾患がある人
  • 利尿薬や降圧薬などの薬を服用している人

(監修:帝京大学、三宅康史先生)

熱中症対策では、どれだけ知識や情報を持っていても、それに基づいて自分や家族などが実際に実行できるかどうかが予防に直結します。
熱中症に関する様々な情報をわかりやすく説明している公的なサイトがあるので、ぜひ参考にしてください。以下に代表的なサイトを紹介します。

▽「熱中症予防情報サイト」(環境省)
https://www.wbgt.env.go.jp/
無料の「熱中症警戒アラート」、「暑さ指数」の配信サービスを提供。過去のデータも参照できる。

▽A-PLAT 気候変動適応情報プラットフォーム(国立研究開発法人 国立環境研究所)
https://adaptation-platform.nies.go.jp/
熱中症関連情報や、子どもが気候変更などについて学べる環境教室サイト「A-PLAT KIDS」などがある。

(Topics)温暖化の進行で起こる様々な健康への影響

地球温暖化が進むと生じる健康問題は熱中症だけではありません。これまでに経験しなかったような健康被害も増えてきます。WHO(世界保健機関)は、気候変動によって2030~2050年の間に栄養不足やマラリア、下痢、熱ストレスだけで年間約25万人の死亡が予想されると警告しています※5。

具体的にはどのようなことが考えられるのでしょうか。
気候変動に伴って、蚊が媒介するマラリアやデング熱、ダニが媒介する脳炎などの病気が増える危険性が指摘されています。また、オゾンなどの大気汚染も危惧されています。気温が上がると強い紫外線を受けて光化学反応が盛んになり、オゾンなどのオキシダント(酸化性物質)が発生し、喘息をはじめとした呼吸器疾患などを悪化させるリスクがあるのです。これらの健康リスクは現在、途上国でも深刻化しています。
日本でも、今後さらに温暖化が進めば上記のような影響が出てくる可能性は否定できません
」と岡先生は話します。

マラリアなどの病気を媒介する蚊やダニに気をつけたり、光化学スモッグ対策として夏場もマスクをして外出したり……。気候変動に歯止めがかからなければ、そんな日常が日本でも現実のものになるのかもしれません。

グラフ「地球温暖化で起こる可能性がある様々な健康への影響」

出典:CDC(米国疾病対策センター、Climate Effects on Health)を改変)

専門家プロフィール(あいうえお順)

岡和孝先生
国立研究開発法人 国立環境研究所 気候変動適応センター 気候変動影響観測研究室室長。宇宙物理学の分野において神戸大学で博士号(理学)を取得。民間シンクタンクで気候変動の影響や適応に関する調査研究に従事した後、2018年に国立環境研究所へ。気候変動による影響と適応(暑熱健康や再生可能エネルギーなど)について研究。「気候変動適応情報プラットフォーム(A-PLAT)」で、事業者向けの気候変動適応に関する情報発信も行っている。環境省「熱中症環境保健マニュアル」編集委員も務める。
三宅康史先生
帝京大学医学部救急医学講座教授。同大学医学部附属病院高度救命救急センター長。1985年、東京医科歯科大学医学部医学科卒業後、東京大学医学部附属病院救急部入局。さいたま赤十字病院救命救急センター長、昭和大学医学部救急医学講座教授などを経て、2016年から現職。専門は救急医学、集中治療医学、脳神経外科、災害医学など。日本救急医学会「熱中症に関する委員会」委員、環境省「熱中症環境保健マニュアル」編集委員なども務める。熱中症の治療・啓発活動を精力的に行っている。
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