“社会性のホルモン”とも呼ばれ、元気な女性にも多い、男性ホルモンの「テストステロン」
2024.3.4 更新
男性ホルモン(テストステロン)の減少が原因で、男性にも女性の更年期のように、筋力や活力、記録力、性欲などの低下とそれに伴う不調が起こることがわかってきました。男性ホルモンの分泌低下が始まる40歳代以降に起こることが多いため"男性更年期"と呼ばれます。しかし、必ず閉経がある女性のように、すべての男性に更年期があるわけではありません。一方、ホルモン減少が大きい場合は30歳代などでも症状が出る場合があるようです。
男性ホルモンは生殖に必要なだけでなく、筋肉や骨、脳など、体中の様々な場所で働き、心身の健康も整える重要な役割を持っています。そのテストステロンが減少したら…?"なんとなく不調が続く"など、"男性更年期"に起こり得る症状を紹介するとともに、その原因となるテストステロンの働きを説明します。
男性も中高年と呼ばれる年齢になると、ぐっすり眠れない、やけにイライラする、やる気が起きない、体の節々が痛い、など心身に不調を感じることが増えてきます。睡眠時無呼吸症候群やうつ病、関節炎などの病気が原因になっているケースもありますが、もしかすると「男性更年期障害」かもしれません。
かつて更年期障害といえば女性特有の病気と思われていました。しかし、最近は人気タレントのカミングアウトなどもあり、男性にも更年期やそれに伴う不調、そして病気として治療対象になる更年期障害があることが知られるようになってきました。
もし、自分や家族に気になる不調があるなら、ぜひ下の男性更年期障害の問診にも使われる「AMS(Aging males'symptoms)質問票」でセルフチェックしてみましょう。
合計点数が50点以上になると重度で、医療機関での治療が必要とされています。
エストロゲン(女性ホルモン:卵胞ホルモン)の減少によって起こる「女性の更年期」と同じように、「男性の更年期」は主要な男性ホルモンであるテストステロンの減少で起こります。テストステロンが減ることで、性欲の減退や勃起機能の低下に加え、心身に様々な不調が現れるようになるのです。これが生活に支障を与えるようになると、医学的には男性更年期障害、LOH(late-onset hypogonadism)症候群、加齢性腺機能低下症と呼ばれます。
ただし同じ更年期障害でも、男性と女性では根本的な違いがあります。順天堂大学大学院医学研究科・泌尿器外科学主任教授で、日本メンズヘルス医学会理事長も務める堀江重郎先生は次のように指摘します。
「誰もが迎える女性の更年期と違って、男性は必ず更年期を迎えるわけではありません。年を取ってもテストステロンの分泌が衰えない人もいれば、30代で更年期を迎える人もいます。テストステロンの数値と不調の現れ方次第で、立派な"病気"といっていい男性更年期障害が起こるのです」
女性の更年期は閉経の前後5年の計10年間と定義されています。女性は生殖を行う期間が遺伝子で決まっており、全ての女性がだいたい同じころに閉経を迎えます。この時期に女性ホルモンの分泌量がゆらぎながら減少していくため、人によって更年期症状が起こるのです。その症状が重く日常生活に支障を来すようだと更年期障害と呼ばれます。
一方、男性はどうかというと、女性の閉経のような現象は起こりません。つまり、テストステロン値が低下する明確な時期はないのです。例えば世界的な歌手であるミック・ジャガーのように70代で子どもができる人もいます。こうした人たちは生殖能力があるということから、70代になっても十分なテストステロンを分泌していると推察されます。
一方で、テストステロンの分泌が低下している人について、堀江先生は次のように説明します。
「血液中の総テストステロン値が250ng/dL以下で、かつ何らかの症状を訴える、というのが男性更年期障害(LOH症候群)の診断基準です。日本の潜在患者数は約600万人と推定されていますが、そのうち治療を受けている人はわずか1割以下。ほとんどの人が受診せずに放置してしまっているのが現状です」
「AMS質問票が50点以上だった人はすぐに泌尿器科に行くことをお勧めします。できればメンズヘルス外来や男性更年期外来に行くのがいいでしょう」(堀江先生)
男性更年期障害(LOH症候群)の原因はテストステロンの分泌が減ることです。後ほど詳しく説明しますが、テストステロンは性機能以外にも心身の健康を維持する多くの作用を持っています。そのため、分泌が減ると心身に様々な不調が現れるわけです。
症状は身体面、精神面、性機能、と幅広く現れます。
具体的な身体症状としては、筋力低下、ほてり、発汗、頭痛、めまい、疲れやすい、肥満、頻尿などです。精神症状としては、不安、イライラ、抑うつ、不眠、意欲や集中力の低下など。性機能の症状としては、性欲の低下、ED(勃起障害)、朝立ちの消失などがあります。
男性更年期障害(LOH症候群)と見分ける必要がある病気に「うつ病」などがあります。
「テストステロン値が下がることで、抑うつ症状や不安症状が出ることもあります。その場合、必ずしも抗不安薬や抗うつ薬が効くとは限りません。それらの薬が効かないときは血液中のテストステロン値を測ってみた方がよいでしょう」(堀江先生)
男性更年期障害(LOH症候群)で体重が増えるのは、テストステロンが減ると内臓脂肪が増えやすくなるためです。太っている男性はテストステロン値が低い傾向にあるという米国の調査もあります※1。また、テストステロン値が低いと糖尿病や高血圧、脂肪肝といった生活習慣病を発症するリスクも高くなります。
「女性の更年期は閉経後5年で終わりますが、男性の更年期は終わりがありません。放置すると生活習慣病やがんのリスクが高くなることもわかっています」(堀江先生)
実際、テストステロン値が低い男性は寿命が短いという報告もあります。40歳以上の男性858人を最大8年間追跡した研究によると、テストステロン値が低い人ほど生存率が低くなっていました※2。
こうした様々な症状のもとになるテストステロンは単に「男らしい肉体を作る」だけにとどまらず、ほぼすべての臓器で働いています。では、どんな役割を担っているのでしょうか。
肉体面では、「筋肉と骨を強くし、体脂肪を減らす」「動脈硬化の予防」「造血作用」「精子の形成を促進し、勃起をさせる」「抗炎症作用」「認知機能を高める」といった作用があります。
また、社会性や性格などメンタル面にも大きな影響を与えます。
「テストステロンは男性が社会の中で自分をアピールするのに欠かせない"社会性のホルモン"です。チャレンジ精神、他人や社会に貢献しようとする気持ち、公平さや正義を求める気持ち、これらはすべてテストステロンによって強くなります」(堀江先生)
テストステロンによってチャレンジ精神や競争心が起こりますが、難しいことに挑戦し、乗り越えたり勝利したりすることでテストステロンの分泌はさらに増えるようです。
狩りをする"ハンター"のテストステロン値を調べた研究では、獲物を取りに出かけて、見事手に入れたハンターはテストステロンが上昇し、家に戻っても高いままですが、失敗したハンターはテストステロン値が下がってしまいました※3。難しい目標を達成することで、周囲からの評価が高まり、テストステロンが維持されて、さらにモチベーションがあがるようになっていくのです。そのことからテストステロンは、「外に出かけて獲物を得て家に帰る」ホルモンだと言えます。実は女性も常にテストステロンを分泌しており、男女ともに何らかの獲物がないとテストステロンは下がってしまい、モチベーションが上がらないことになります。
"男性ホルモン"という言葉から、テストステロンが多い人は攻撃的なイメージを持つ人がいるかもしれませんが、実際はそんなことはありません。仲間を大切にする気持ちやリーダーシップを強くするので、むしろ家族や身内に対する愛情は深まるといいます。またテストステロンの作用として、嘘をつかずに公正、公平を大事にする、ボランティアなどで社会貢献をするという作用もあります。若い人のほうがボランティアに参加することが多いのもテストステロンを反映します。
「テストステロンは社会性維持のもとになるホルモンなので、外に出て、社会的に評価されることで分泌が高まります。会社を退職し、所属するコミュニティを持たない人にはテストステロンが必要ないためにLOH症候群になりやすいのです。
職場以外でも、趣味を持つことも大切で、例えば少年野球のコーチでもいいですし、近所の居酒屋で常連として認識されているだけでもよいのです。何らかのコミュニティに所属し、その構成メンバーとして他人から認識され、ポジティブに評価されることが大切です。家庭での評価ももちろんのことです」(堀江先生)
そもそもテストステロンとは、この世に生まれるときに男性を「男にする」ホルモンです。胎児として生を受けたとき、実は全ての人は女性です。この後テストステロンが分泌されなければ男性にはならないのです。
「テストステロンの分泌量は20~30代でピークを迎えますが、そこからは個人差がとても大きいのが特徴です。全体の平均値を取ると緩やかに下がっていくように見えますが、実際は30代や40代から下がっていく男性と、高齢になってもほとんど下がらない男性がいます。
あるときテストステロンが急に下がって起こるのがLOH症候群、すなわち男性更年期障害です。年齢に伴ってテストステロンが下がって起こるものではありません」(堀江先生)
前に触れたように、女性は40~50代で閉経を迎え、エストロゲンが急減します。それに対して男性は、誰もが女性と同じような時期に更年期を迎えるとは限りません。逆にいえば、30代から80代まで幅広い年代で、突然テストステロンが急減すると更年期障害が起こる可能性があるわけです。
男性ホルモンと呼ばれるテストステロンは主に精巣から分泌されますが、実は女性も副腎や卵巣から分泌しています。女性でも血液中のテストステロン濃度は女性ホルモンのエストロゲンより何倍も高く、中には男性の平均値を超える人もいます。閉経後の女性はエストロゲンが大幅に減りますが、テストステロンはあまり減りません。
テストステロン値が低い女性は不安症状やPMS(月経前症候群)が起こりやすく、消極的で性欲も低くなるといいます。政治家や実業家など、優れたリーダーシップを発揮する女性はテストステロン値が高い傾向があるようです。よりアグレッシブに活躍するため、テストステロンを補充する女性エグゼクティブも欧米では珍しくないそうです。
男性の体内でも、アロマターゼという酵素の働きで一部のテストステロンがエストロゲンに変換されます。その量は閉経後の女性よりも多く、基本的に男性がエストロゲン不足になることはありません。エストロゲンには骨を丈夫にする働きがありますが、男性が高齢になっても骨粗しょう症になりにくいのは、エストロゲンの作用もあると考えられています。
前編では、男性ホルモンであるテストステロンの働きと男性更年期(障害)について紹介しました。後編では、テストステロンの減少が招く病気と、減らさないためにできる対策について説明します。