交感神経、副交感神経のスイッチ、切り替えられていますか?
2023.3.29 更新
自律神経には、それぞれ異なる働きをする「交感神経」と「副交感神経」があります。私たちが心身ともに元気に過ごせるのは、この2つが“バランスよく”働いているから。けれども、睡眠不足や不規則な食事、ストレスなどで生活が乱れると、自律神経のバランスは簡単に崩れてしまいます。自律神経の働きを意識して過ごしていきましょう。
自律神経の仕組み編でも紹介したように、自律神経には主に活動するときに働きアクセルの役割をする「交感神経」と、休息やリラックスをするときに働きブレーキの役割を果たす「副交感神経」があります。基本的に全ての臓器は交感神経と副交感神経の支配を受けており、2つの神経が交互に働くことで体を調整しています。つまり、心身ともに良いコンディションで過ごすためには、自律神経の交感神経と副交感神経のバランスが整っていることが大切です。
順天堂大学医学部教授の小林弘幸先生は、「自律神経のバランスは、次の4つのパターンに大きく分けられます」と話します。
「4つの状態のうち、どれか1つのパターンだけがずっと続くというわけではありません。緊張状態が続く場面では交感神経が高くなり、疲れて何もしたくないような状態が続くと副交感神経が高くなるなど、その時々の周りの環境や体調などによって、自律神経のバランスは変化するのです。特に女性の場合は、月経周期や更年期などによる女性ホルモンの変動が自律神経の働きに大きく影響します」と小林先生は説明します。
理想的な自律神経の働きは、“緊張状態が続いて交感神経の働きが高まった後には、副交感神経の働きが高まってリラックスした状態へとスムーズに切り替えられる”状態です。
しかし、「仕事などで過度にストレスや緊張を感じることが多くなると交感神経が優位になり、休息モードに入るはずの夜になっても、副交感神経への切り替えがうまくいかない場合があります。自律神経が乱れているサインのひとつに“よく眠れない”と感じるのはこのためです。それでも、数日で切り替えができれば良いのですが、こうした状態が長期間にわたって続くと、自律神経のバランスが乱れて様々な不調の要因になる可能性があります」と、ともクリニック浜松町院長の福永伴子先生。
そのような場合、自分でもできる対処法があります。
「なかなか寝つけない、夜になっても気持ちがせかせかしているなど、交感神経のたかぶりを自覚したときには、交感神経のスイッチをオフにするための方法をいくつか持っておくのがおすすめです。
その方法は、だれにでも同じように“効く”教科書的な正解はありません。一人一人、リラックスできる方法が違うからです。大切なのは、自分がどんな方法ならリラックスできるのかということを、あらかじめ自身で知っておくことです。例えば好みの香りの入浴剤を入れてお風呂に入る、友達と電話で話す、好きなドリンクを飲みながら映画などを観るなど、何でもよいのです。その方法は一つではなく、自分がリラックスできるための“引き出し”が多いほど、自律神経の切り替えがスムーズになることが期待できます」(福永先生)
そもそも自律神経を乱さないためにできることもあります。それは、「生活のリズム」を整えることです。
東急病院 心療内科 医師の伊藤克人先生は、「自律神経は約24時間の周期でバランスを保っています。睡眠や食事、運動、仕事、休養など、ルーティンで行っている日々の活動のリズムが乱れると、自律神経の中枢である脳の視床下部に過度の負担がかかり、自律神経のバランスを乱す要因となります」と説明します。
特に、毎日のように深夜まで仕事をしたり、夜遅くまで飲食したりするような夜型の生活習慣は、自律神経のバランスを乱すだけでなく、人間にもともと備わっている体内時計のリズムを乱してホルモン分泌などの生体リズムも崩すことにつながります。
「仕事に追われる日が続いた後はゆっくり休むようにするなど、早期の調整を心がけましょう。とはいえ、毎日きっちり規則正しい生活を送ることは、現代の生活環境ではなかなか難しいこともあるでしょう。その場合でも、少なくとも就寝時間と起床時間を決め、睡眠時間をしっかり確保するよう努めましょう。多くの現代人の交感神経が優位になりやすい生活の中では、休息する時間を積極的にとることが大切です」(福永先生)
自律神経のスイッチの切り替えには、朝の光を浴びることも効果的です。
「目から入った朝の光は脳の視床下部に信号を送り、『体内時計』をリセットします。このため、不規則な生活などでズレが生じた生体リズムを整えられるのです。また、光を浴びると神経伝達物質のセロトニンの分泌が促されますが、これが睡眠中に優位だった副交感神経を交感神経へと切り替えて体を活動モードにします。さらに、セロトニンは“睡眠ホルモン”であるメラトニンの原料にもなり、セロトニン分泌の14~15時間後にはメラトニン分泌が始まって自然と眠くなり、質の良い睡眠を得られるのです」(福永先生)
さらにセロトニンにはストレスを和らげて精神を安定させる働きも。体はもちろん、心にとっても早起きの習慣は有益だといえます。
朝の光を浴びることと同じように重要なのが、「朝食」です。
「朝食もまた、副交感神経から交感神経への切り替えスイッチになります。朝食をとると体内で熱が産生されて体温が上昇します。それに伴い交感神経の働きが活発になります」(伊藤先生)
少量でもよいので、朝食は抜かずに毎日とる習慣をつけましょう。
朝食に限らず、食事を毎日なるべく決まった時間にとるということも、生活リズムを整え、自律神経のバランスを保つ上で重要です。
ただし、「必ず何時に食べなくては、とプレッシャーを感じたり、時間に追い立てられたりすると、それがかえってストレスになって自律神経のバランスを乱すことになりかねません。生活リズムが整えば体内時計が正しく働き、自然にお腹がすくようになるものです。ストレスにならない程度に、決まった時間に食事をすることを心がけましょう」(福永先生)
近年では、自律神経系やホルモンなどを介して、脳と腸が互いに影響を与え合う「脳腸相関」が注目されています。ストレスを感じると腹痛や下痢、便秘などの「腸の不調」を経験したことがある人が少なくないのではないでしょうか?
これは「脳」がストレスを感じ取ると、自律神経を介してその刺激を「腸」に伝えることで起こると考えられています。
「腸の中の不要なものを押し出すには、腸のぜん動運動(収縮運動)がしっかり行われていることが必要です。この腸のぜん動運動を担っているのが副交感神経なので、リラックスしているときほどぜん動運動は活発になります。反対に、ストレスなどによって交感神経が優位になると腸の動きは抑えられ、便秘を引き起こす要因に。神経性の下痢も引き起こされることになります。これらを防ぐには、リラックスを心がけてストレスを溜めないようにすることも大切です。
それと同時に、脳と腸は互いに影響し合っているので、腸内環境を整えることが脳からの過剰な信号を抑えることにもつながり、自律神経のバランスを整えることになると考えられます」(小林先生)
腸内環境を整えるにはどうすればよいのでしょうか。基本は、毎日の食事にあります。
「栄養バランスのとれた食生活が前提ですが、特に腸内環境には『発酵食品』と『食物繊維」が良い影響を及ぼします。
発酵食品は乳酸菌や麹菌、納豆菌、酵母菌、酢酸菌などの善玉菌を多く含み、腸内環境を整える助けとなります。食物繊維はその腸内の善玉菌のエサとなり、善玉菌を増やす働きがあります。」(小林先生)
発酵食品は、納豆や味噌、キムチ、甘酒、ヨーグルトなどが代表的です。
「どれか特定の食品だけをとるのではなく、様々なものを意識的に食生活に取り入れましょう。腸内環境の改善につながることが期待できます」(小林先生)
食物繊維には、「水溶性」と「不溶性」の2種類があります。
水溶性食物繊維は、便の水分を増やし、硬い便を柔らかくする働きがあり、海藻類やコンニャク、大麦などに多く含まれます。
一方、不溶性食物繊維は便のかさを増やして腸の動きを活発にし、便意を促す働きがあります。ゴボウなどの根菜類やキノコ類、豆類などに多く含まれます。
「最近では、水溶性食物繊維と不溶性食物繊維、両方の特徴を兼ね備えたレジスタントスターチ(難消化性でんぷん)も注目されており、穀類やイモ類、豆類、バナナなどの果物に含まれていることがわかっています」(小林先生)
食事の時間を一定に保つこと、腸内環境を整える食事をすることのほか、もうひとつ大切なのが「食事のとり方」です。
「仕事が忙しい時など、イライラしたり、せかせかしたりと、緊張の信号が出っぱなしの状態で食事をすることがあるかもしれません。そういうときは交感神経が過度に働いているので胃腸の動きが抑制され、消化液の分泌が低下します。すると食後に胃もたれなどの症状が引き起こされることに。食事はできるだけゆっくりと、リラックスした状態で楽しんでください。緊張信号が抑えられて副交感神経の働きが活発になり、唾液や消化液の分泌も促され、胃腸の動きもスムーズになります」(伊藤先生)
「早起きして朝の光を浴び、夜になって1日の活動を終えるころには、交感神経から副交感神経へと切り替わって心身を休めるように、生体リズムはプログラムされています」(福永先生)。しかし、仕事から帰宅した後など、夜の過ごし方によっては切り替えがうまくいかなくなることも出てきてしまいます。
「就寝する直前までの間、テレビを見たり、SNSをチェックしたりして過ごす人も少なくありませんが、テレビやパソコン、スマートフォンの画面が放つブルーライトという光は脳を刺激し、交感神経を優位にします。自分ではのんびり過ごしているつもりでも、脳は覚醒モードに!実は睡眠を妨げる要因になるので気をつけましょう」(福永先生)
夜のリラックス効果を高めるには、次のことを心がけましょう。
参考:
「朝」のセルフケア、3つのポイント
「夜」のセルフケア、7つのポイント
また、ぜひ夜の習慣にしたいのが、ぬるめのお湯にゆっくりつかる入浴です。
「38~40℃程度のお湯につかると、血管が拡張し、血液の循環が良くなります。緊張信号が『ああ気持ちよい!』というモードの信号に変わって視床下部へ伝わり、交感神経の働きを抑えます。リラックスした状態になることで眠りにもつきやすくなります。
ここで気をつけたいのがお湯の温度です。42℃を超えるような熱いお湯は交感神経を優位にするため逆効果。リラックスした状態にはならないことを覚えておきましょう」(伊藤先生)
心身にさまざまな悪影響を及ぼす要因となるストレス。“悪者扱い”されることが多いストレスですが、実は生きていく上で重要な役割も担っています。
伊藤先生は「『ストレス』=『様々な嫌なこと』と思っている人は多いのですが、本来ストレスとは、『心と体に受ける反応』のことです。
例えば痛みもその一つ。痛いこと自体は嫌なことですが、痛みがあることでケガをしている、風邪をひいている、といったことを認識できるわけです。つまりストレスがあるからこそ、身を守る行動につなげられるのです」と説明します。
また、「お腹がすいた、眠りたい、といった日常的によく起こる欲望も、身体的なストレス状態の一種といえます。そうしたストレス状態があるからこそ、何かおいしいものを食べよう、早く仕事を終わらせて休もう、といったモチベーションにつながる面もあるはずです」と福永先生。
ストレスをどのように捉えるか、自分のストレスをいかにプラスの方向に持っていくかも、ストレスと上手につきあうコツになります。
ただし、一日中気が晴れないほどのストレスがある、食欲がない、十分に眠れないという状態が続く場合は、自分一人で抱え込まず、心療内科専門医などへの受診もおすすめします。
前編では、自律神経のバランスを改善する生活習慣のポイントについて紹介してきました。
後編では、自律神経の積極的なコントロール手法について知りましょう。