- 取材・文:及川夕子
- イラスト:野瀬奈緒美
- 編集:大森奈奈
- 監修:杉田映里
更新日:2024年03月05日
生理痛がつらい、生理中の経血もれが心配、経済的な理由でナプキンが買えない……。
これまで個人が解決すべきこととされてきた、月経衛生対処(MHM/※1)の問題。それが近年、国際社会では「社会全体で解決すべき課題」に変わってきています。
例えば途上国では、月経(生理)が女性の学校の出席率やジェンダー平等にも深く関わる問題として支援の対象となっています。また生理用品の無償配布や消費税撤廃に動き出す国や地域も出てきました。月経の課題解決はいま、世界各地で大きなムーブメントになっているのです。
日本でも、2023年6月に「女性版骨太の方針2023」が閣議決定され、国の重要課題や政策の方向性を示す方針に、今年、生理の貧困への対策が初めて明記されました。また、2024年度には、女性の健康に特化した「国立高度専門医療研究センター」の開設を予定するなど、新しい取り組みが次々に発表され、社会からの関心の高まりも期待されています。
そこで今回は、開発人類学を専門とし、月経をめぐるウェルビーイングを研究テーマとする大阪大学大学院人間科学研究科教授の杉田映理先生に、海外の月経事情や日本の課題についてお話を伺いました。
月経のあるすべての人がより暮らしやすい社会を作るためには、どうすればいいのでしょうか。一緒に考えてみませんか。
※1 月経衛生対処(MHM) MHMとは、menstrual hygiene managementの略。定義は「女性と思春期の女子が経血を吸収する清潔な生理用品を使い、それをプライバシーが確保される空間で月経期間中に必要なだけ交換でき、石鹸と水で必要な時に体を洗い、使用済みの生理用品を廃棄するための設備にアクセスできること」(参考:WHO & UNICEF 2012, p.16)
月経における国際社会共通の課題とは
――杉田先生のこれまでの研究内容と、その研究をはじめられた背景について教えてください。
私はもともと文化人類学を研究しており、その研究手法としてケニアやウガンダなどでフィールドワークを重ねてきました。アフリカでは、汚い水を飲み水としていたり、トイレが整備されていないという衛生上の問題から、下痢が原因で多くの子どもたちが亡くなっています。そうした現地調査と研究を重ね、国際協力にも関わってきました。
一方、月経について語られる際、その国の文化や宗教にもとづくタブーが大きく影響することがあります。それは私の文化人類学の研究テーマでもありました。近年、女子教育の観点からも月経衛生対処が重要視されるようになり、10年ほど前からアフリカの月経に関する研究に取り組むようになりました。
―― 月経衛生対処(MHM)という言葉があるのですね。
はい。ユニセフをはじめとする国際機関や国際協力NGOは、月経衛生対処(MHM)を重要な課題として位置付けています。途上国においては、これまでに月経教育、布ナプキンの開発・普及などが盛んに進められてきました。
月経が教育と結びついて社会問題として認識されるようになったのは、ここ10年ぐらいのことです。WHO & UNICEFがMHMの定義を示した2012年あたりから議論が広がりはじめ、2015年に国際社会共通の目標であるSDGsが採択されたとき、月経が国際的なアジェンダとして浮上し、MHMという用語も広まってきたのです。
月経にまつわるウガンダの女子生徒たちの実態
―― アフリカでは、具体的にどのようなことが女性たちのライフスタイルの課題になっていますか。
女子の就学における問題、宗教上のタブーによる行動制限、トイレの未整備(主にプライバシー)など、思春期の女子生徒にとってさまざまな課題があります。
まず女子生徒の就学に関する問題です。私が研究してきたウガンダでは、男女の就学率の差はほぼなくなってきています。しかし、月経のために学校を休む女子生徒は少なくありません。背景には、生理用品が入手しづらいことやプライバシーや衛生面で劣悪なトイレ環境、宗教上のタブーの問題(経血は他人に見られるべきではないという考え方)などがあります。
学校にいるときに生理が始まると、生理用品を身につけるために自宅に帰ってしまったり、「経血もれ」が心配で欠席するといったことがしばしば起きていて、そうしたことも学業の遅れにもつながっています。
ウガンダでは、2015年から月経教育や学校のトイレ整備を推進すること、緊急時に下着や生理用品の無償配布することが政策化されました。これは国際的にも非常に先進的な事例であったと思います。しかし、学校の予算の問題もあり、実際には使い捨てナプキン(紙ナプキン)は、まだまだぜいたく品といえます。
――まだまだ生理用品が入手しづらい状況で、現地の女子生徒たちは経血の処理をどのような方法で行っているのですか。
ウガンダ東部のマナファ県の農村部にある公立中学校で調査した結果では、工場で生産された紙ナプキンは確実に普及してきてはいるものの、十分な量を持っている女子生徒は少ないです。使い捨てナプキンは経血量の多い日だけ使うものであって、ふだんは古布を使っていたり、中にはトイレットペーパーを敷く、または何も使わずショーツだけという学生も存在します 。
それゆえ、市販の紙ナプキンはブランド化された、女子生徒にとっては現代的でかっこいい憧れの対象なのです。紙ナプキンを入手したいがために、女子生徒が「パパ活」を行うこともあるといいます。ケニアの西側で調査する研究者からも同様の報告が届いており、途上国で起こっている問題の一つとなっています。
月経にまつわるタブー視が生活にも影響
―― ウガンダでは、使用済みナプキンはどのように処理されているのでしょうか?
紙ナプキン、古布、綿、トイレットペーパーについては、ほぼ全員が落とし込み式便所の穴の中へ捨てます。これにはタブーやケガレといったスティグマ(恥/負の烙印)が関係しています。
農村部では、「経血がついたものを誰かに持っていかれた場合には呪いをかけられる」といういい伝えがあり、最悪の場合不妊となると恐れられています。子宝に恵まれることは幸せの象徴ですから、経血のついた古布、布ナプキン、下着を再利用する場合は、洗濯も干す際も人目につかないところで行うようにとされます。
現地である女性にインタビューしたとき、「ある日、干していた下着がなくなってとても心配した。でも、その後妊娠をしたから、あの下着は呪術をかけるのに使われたのではなかったようで良かった」と語っていました。
――誰かに下着を盗まれることよりも、呪いをかけられることの方が深刻な問題なのですね。
そうですね。日本人からすると「使用済みの生理用品は、専用のサニタリー ボックスに捨てたらいいのに」と思うかもしれませんが、ウガンダでは「(誰かに持って行かれては困るから)ゴミ箱には捨てられない」という声もあるほどです。
また、文化的な背景から、トイレの汚物はそのまま土に埋められるので、紙ナプキンが廃棄されつづけるという環境問題や、天日干しされない布ナプキンの衛生上の課題も残っています。衛生的で便利な生理用品が普及すること自体はよいことだとは思いますが、一方で、ただ広げるだけでいいかというと解決しないこともあるんですね。
―― 日本では、コロナ禍をきっかけに「生理の貧困(※2)」が顕在化しました。生理用品を買えない状況が日本にもあることが知られ、そうした状況は「健康や尊厳に関わる重要な社会課題である」という認識が、広まってきたように思います。また、生理前の心身に起こる不調「PMS」や生理痛への理解も少しずつですが進んでいます。ウガンダの女性たちは生理痛対処や月経コントロールをどのように行っていますか?
ウガンダの女性たちは多産で、生涯の月経回数は日本人よりもはるかに少ないのですが、生理痛がないかというとそんなことはなく、やはり痛みはあるようです。
現地の女子高生に「いま困っていることは?何をしてほしい?」とアンケートをとってみると、紙ナプキンの支給と「痛み止めを簡単に入手できるようにしてほしい」という声が非常に多くなっています。
また、現地の隠語で生理がくることを「マサバ山へ行く」というのですが、マサバ山には、現地の人にとっては「聖なる山」という意味と、その山に登るくらい「しんどい」という意味が込められています。生理痛の薬は現地でも売られていますが、女子生徒はそもそもお金を持っていないので自分では買うことができないという事情があります。
低用量ピルの利用については、途上国の方が日本よりも進んでいます。多産という課題があるためで、妊娠のコントロールのために政府が注射やピルの活用を推奨し、無償で提供している国もありますね。
「生理の貧困」や「タブー」は先進国にも存在する
―― ここからは、より広く国際社会へ目を向けてみたいと思います。月経衛生処理(MHM)について、アフリカ以外の国ではどのような課題があるでしょうか。
途上国では衛生対処がよく取り沙汰されますが、その先に経血もれや生理痛の悩みがセットでついてくるのは、多くの国で共通しているといえます。また月経=タブーというのは、途上国にも先進国にもある問題だと思っています。
たとえばインドでは、月経中の女性がヒンドゥー教の寺院へ参拝に行くことや儀礼にかかわることが厳しく禁じられており、女性が参拝しようとして暴動事件に発展するようなことも起きています。
また、「生理の貧困」問題は以前から世界の各地で存在し、日本ではたまたまコロナ禍で顕在化したと私は考えています。これに関連して、スコットランドでは2022年に法律が整備され、「生理用品無償提供法」が施行されました。自治体や教育機関などでの無償提供が義務付けられるというもので、世界初の法制化です。
ほかにもニュージーランド、フランス、台湾、オーストラリアやアメリカでは州ごとに、生理用品の無償化に取り組んでいますし、非課税化や軽減税率の対象にする国も増えています。
こうした動きは、裏を返せば「これまでは世界の多くの地域で月経について語られてこなかった」という事実を表していると思います。長い間、「生理の貧困」や月経をめぐる課題が政治的イシューにならず、社会問題として対処されてこなかったのですから。
―― 日本では、生理用品の無料配布を行っているのは一部の地域や学校だけですし、若年層への月経教育については遅れているという指摘もあります。
そうですね。2022年に「月経の人類学―女子生徒の『生理』と開発支援」という本を共著で出版したのですが、世界8地域の国際比較研究を進めていくうちに、日本にもまだまだ問題があることに気づかされました。
日本の月経研究で、学校での生理用品について調べたところ、保健室に行けばもらえるところと、貸してもらえる(返す必要がある)ところに分かれていました。また、年配の女性の「女性のたしなみとして、生理用ナプキンを持っているのは当然のこと」という声もありました。いまだに男女別に月経をはじめとする性教育の授業を行っていることなども、生理は隠されるべきものとして認識されているから、ともいえますよね。
世界の月経教育は、国によって理科で教えられていたり、家庭科や宗教の時間で教えられていたりするなどさまざまですが、途上国では、UNICEFやNGOの支援により月経の対処や健康問題についてしっかりとした解説書やマニュアルが配布されたり、男性や男子生徒を巻き込んだ月経教育が行われていたりします。難民キャンプでは生理に関する基礎知識や生理用ナプキンの正しい使用法などの情報を共有する機会が設けられることもあります。
国際協力というと、先進国が持つ技術やモノを途上国へ持っていって支援するというイメージが強いかもしれませんが、月経教育については、むしろ途上国の方が進んでいるケースもあると思います。先進国に住む子どもたちが月経について詳しいとは限らないし、「生理の貧困」も、タブーも残っている国がたくさんあるということです。
月経をライフコースとして捉える視点が必要
――日本の月経教育については、どのように変わっていくといいでしょう。
日本の月経教育は、月経など体の機能を学ぶことはあっても、生理用品の使い方や痛みの対処法、経血量などといった実践的な話は聞かされません。また、PMSや生理痛など個人差があること、またそれらについて様々な対処法がありますが、一般的には知られていないことが多く、その情報にアクセスできない現状も課題だと思います。
人生の中で月経のある期間は長いですし、ライフステージによってかかりやすくなる月経関連の病気というものも変わってきます。いつ閉経するのかも含めて、ライフコースで捉えるという視点が大切ではないでしょうか。
オーストラリア人のある助産師さんが言っていたのですが、「生理があることで確かにしんどいときもあるけれど、調子がいいときもある。アクティブになったり、新しいアイデアが生まれたり、そういう変化があるのは、むしろ女性の強みだ」と話していたんです。そんなポジティブな捉え方ができるといいなと、個人的には感じましたね。
また、生理用品もナプキンだけでなく、タンポンや月経カップなど選択肢がたくさんあることも知ってほしい。生理にまつわる心身の不調や生活上の不便さを我慢するのではなくて、選択することで個々人が上手にマネジメントできるといいですよね。一方で、新しい制度や便利な物が生まれても、あくまでもその人自身の選択に委ねられるべきだと思っています。例えば生理休暇を取ってもいいし、取らない選択も尊重される社会になってほしいと思います。
――国によって月経の捉え方がさまざまで驚きました。日本では、生理がつらくても休まずに学校に行ったり、生理痛も隠したりと日本人は我慢するケースが多いと思います。これからの子どもたちには「誰もがいろんな体の変化を経験するけど、それは人それぞれ違うし、つらいときに対処する方法もあるから、いつでも相談してね」と、大人が伝えて子どもを守ってあげれられるような教育が大事だと感じましたね。
そうですね。もう1つの課題としては、月経を取り巻く現状が男性も含めて社会全体であまり知られていない、ということです。月経にまつわる不調や多様な症状、起こりうるトラブル、経済的負担など、知られていないことが実はたくさんあるんですよね。
―― 具体的にはどうしたら、月経教育を広げていけるでしょう。
2021年に、私が現在勤務する大阪大学の研究室で「MeW(ミュー)プロジェクト」という、生理用品無償提供用ディスペンサーをトイレに設置するしくみづくりの研究プロジェクトを立ち上げました。ショッピングモールで開催した一般向けイベントでは、来場者の親子がそのディスペンサーを組み立てるワークショップを行ったことがあるのですが、モノを通じて子どもたちに学んでもらう機会を設けるのも一つの手だと感じました。
このイベントでは、ディスペンサーを組み立てながら「生理用品ってこういうものがあるんだよ」と、自然な流れで女性の先輩たちから教わることができます。
実際に生理用品を見て、触って、使い方の説明を聞くという体験ができることが大きいですね。リアルな学びにつながるんです。参加した男の子たちからは、「生理のことを全然知らなかった」とか、「聞きたくても、セクハラだと思われそうで聞けなかった」という声が出ていました。保護者の方からも「参加してよかった」という声をいただきました。
月経があることは生物学的に自然なことなのに、家庭でも学校でも月経の話題が出てこなければ、男の子たちは何も知らないまま大人になっていきます。月経のことというのは、実は隠されてきたのだということを、私たちは知ることが大切です。改めて、月経教育を行うことの大切さを痛感しています。
トイレに生理用品が「あって当たり前」になる社会へ
―― 杉田先生が考える、月経をめぐるウェルビーイングとはどのようなことでしょうか。日本の課題解決には、どんな方法があるでしょうか?
例えば、急に生理が来て経血がもれちゃうのをなくしたい。災害時などに生理用品が行き渡ることも大切ですね。震災の際、避難した方が「生理用品がほしい」といったら、避難所の男性スタッフに「はしたない」といわれたという話を聞いたことがありますが、それはいまだに生理=セクシャルなことと認識されているからではないでしょうか。だとすると、月経のある・なしにかかわらず、すべての人が月経について正しい知識をもつ必要がありますよね。
―― 生理用品の選択肢がたくさんある、そして環境負荷も考慮するのも大事な取り組みですね。
コロナ禍で「生理の貧困」が話題になりましたが、私は一過性のもので終わってほしくないと思っています。
月経のあるすべての人に等しく支援できる社会となれたらいいですよね。例えばトイレットペーパーと同じように、生理用品も衛生用品として「あって当たり前のもの」という感覚になってほしいです。
欧米ではトイレ内での生理用品の無償提供がすでに広がっていていますし、日本でもトイレに生理用ナプキンがあることに『議論』が起こらないくらい当たり前になってほしいですね。
コラム
生理痛を甘く見ないでほしい。 第一三共ヘルスケアが展開する「みんなの生理痛プロジェクト」って?
まだまだ問題がある、と杉田先生も話していた日本の月経に対する理解。第一三共ヘルスケアが行った生理・生理痛に関する調査※3でも、その実態は明らかになっています。そうした背景から、生理痛に悩む方に向けて、そして社会に向けて、「生理痛を正しく理解してほしい」という想いを込めて「みんなの生理痛プロジェクト」を2023年3月から始めています。
どのような活動をしているのか、今後どう展開していくのか、同プロジェクトを担当する鈴木佳那子に話を聞きました。
※3 第一三共ヘルスケア「みんなの生理痛プロジェクト」 2023年第1弾調査(20代〜40代の生理がある女性1,200人/2023年1月)
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