- 取材・文:及川夕子
- 撮影:日下部真紀
- イラスト:野瀬奈緒美
- 編集:大森奈奈
更新日:2024年04月19日
年齢とともに変わりゆくライフステージ。そして、それに伴うからだと心の悩みーー。
新しく生まれ変わった「健康美塾」では、すべての人が生きやすく、ウェルビーイングな暮らしを手に入れるために、さまざまな悩みに沿ったテーマで情報を発信していきます。今回は、「産婦人科医・高尾美穂先生に聞く。人生100年時代を軽やかに生きるために。心とからだを労わるセルフケア」。自分の人生を、自分らしく幸せなものにするために、私たちは自分のからだや心とどう向き合っていけばいいのでしょうか。産婦人科医・産業医として、数多くの女性の体と心の悩みに寄り添い、健康支援を続けてきた高尾美穂先生にお話を伺いました。
必要なのは「困っていることを、放っておかない」という視点
― 女性にはライフステージごとにさまざまな健康課題があることが知られています。その中でも、現代女性の健康課題というと、まずどのようなことがあげられるでしょうか。
この数年はコロナ禍が続いたこともあり、どの世代の女性においてもメンタルヘルスは大きな課題だと感じています。例えば、PMS(月経前症候群)や月経困難症の症状は単にからだの不調というだけではなく、イライラしたり落ち込んだりするなど、心にも影響が及びますよね。また、妊娠・出産、更年期や閉経といった節目にもメンタルヘルスの問題は避けては通れません。ただ、心の問題は目に見えないものですし、すぐには解決しにくい。となると、やはり普段からからだの調子を整えておくことで、心の調子をくずさないようにすることがまずは大事になってくると思います。
また現代女性は、出産回数が減っていることに加えて、フルタイムで働くことも多くなってきました。生理の痛みや出血のように不快な症状があると仕事に集中できないですし、何かと困ることが多い。ですから、現代女性のいちばんの健康課題に対する大切な向き合いかたは「困っていることを、放っておかない」ことだと思います。それは病気を早く見つけることと同じくらい大切なこと。なかでも働く女性に共通する課題の一つが“生理”に関する悩みであり、調子が悪い=解決すべき課題だと認識して、放っておかないことが大切です。
― からだの不調が心や気分にも影響するとわかっていても、PMSや生理痛はよくあることと、ガマンしてしまう人も多いですね。
そうですね。ただ、特にPMSは、女性ホルモンの変動が正常だからこそ起こる症状であり、月経困難症も検査をして「異常があるから治す」疾患というよりも、「本人が困っているかどうか」で診断がつく疾患です。女性の調子の悪さというものは、生理周期と関わり繰り返しやってくるものが多い。それなら積極的に改善し、解決していったほうがいいですよね。
こういう考え方もできると思うんです。「時間だけは、本当の意味で皆に平等なもの」。長い人生の中で、生理の悩みがなかったら、ほかの楽しいことに時間を使えたんじゃないか。そう思うことはありませんか。
調子が悪い状態のまま時間が過ぎてしまって、したいことができなかった1日と、したいことができてすごく充実した1日と、どちらがいいかといったら当然後者。ガマンしてやり過ごす時間というのは、納得感が低いと思うんです。何かうまくいかないことがあったとしても、自分なりに頑張った上でのことなら納得して次に進めます。けれど、それができないと足踏みしたまま進めなくなってしまう。それは、すごくもったいないことです。「女性特有の不調」というのは、解決すべき健康課題でもあるし、人生に大きく関わる課題でもあると思います。
生理は「痛くて当たり前」ではない
― 調子が悪いとやりたいこともできなかったり、能力が発揮できなかったりする。それって実はとても重要なことで、軽くやり過ごしてはいけませんよね。そうした健康に関わる課題について、自分が納得のいく選択をするためには、どんなことが必要になるでしょうか。
まずは、セルフケアに主体的に取り組むということです。また、生理に伴う心身の不調を多くの女性が経験しているにも関わらず、婦人科を受診する人はとても少ないのが現状です。生理痛は、つらい状態を我慢する対象ではありません。ただ問題のない月経というのは、そこまでの強い痛みを伴わないもの。少なくとも今の時代は、女性が元気に過ごしたいと思えば、調子をもっとよくしていけるし、選択肢もさまざまなものから選べる時代です。
痛み止め一つとっても、薬局やドラッグストアには色々な種類が置かれています。どれが自分に合うのか、店頭でアドバイスを求めてもいいですし、婦人科に相談して対処することで、症状を軽くすることもできます。信頼できる「かかりつけ婦人科」を持ち、人生のライフステージに合わせてからだのメンテナンスをしていくことで「なんだか調子悪い」という状況は、かなり改善していけるのです。専門家にちゃんと相談できるというのも、セルフケアの一歩。体調をよくするために、できることはいくつかありますよ、と伝えたいですね。
今の日本は、フリーアクセスで医療機関にかかることができ、質の高い医療を国民皆保険で自己負担少なく受けられます。せっかくいい環境があるのですから「自分はどうしたいのか」「どういう人生を望んでいるのか」に向き合って、QOL(生活の質)を上げるためにも専門家にしっかり相談する、そして自分に合った治療法やケアを専門家にお任せではなく、自分で選択できるようにしていきたいですよね。
―働き方改革が進み、男女双方で生理や妊娠・出産に対する理解を深めようという動きもあります。生理を女性のハンデと感じてしまうこともあると思いますが、まずは女性自身が自分のからだと向き合って、できるだけ調子のいい状態で日常を過ごせるようにしていくことが大切なんですね。
そうですね。男性にわかってもらうことももちろん大切。ですが、生物学的性差はもともとあるものなので、女性特有の症状について、男性が理解し得ない部分はどうしてもありますよね。
産業医としてアドバイスをさせていただくとしたら、厳しい言い方になってしまうかもしれないけれど、働く上で最低限、体調を整えることは必要だということ。仕事の効率が落ちる原因があるなら解決法を探し、対処した上で、休みを取ったり周囲に協力を求めたりしてほしいです。職場でも、家庭でも、自分が「調子が悪い」ことや「その不調がいつまで続くのか」ということを共有することはとても大事です。男性だって病気や忌引きなど家庭の事情で休まざるを得ないことはあります。100%力が出せない場合には、お互いさまの気持ちで、助け合えるような環境を普段から作っておきたいですね。
時間は有限、妊娠・出産する時期のイメージをもっておくこと
― 妊娠・出産についてはどうでしょうか。現代女性は妊娠・出産時期が少しずつ後ろ倒しになっていますよね。キャリアを優先して妊娠・出産が遅れてしまう場合だってある。若い世代にも知っておいてほしいことは?
現代の女性は、働き方などで多くの選択肢がありますし、働いてキャリアを重ねることにプライオリティを置くこともできますよね。それでも、ライフプランのどのあたりで妊娠・出産するかということは考えておいてほしいと思います。なぜなら、妊娠・出産は、努力しても思い通りになるわけではないことですから。
子どもを持たないという選択ももちろんあっていい。ですが、もし子どもを持つ人生をイメージしているなら、仕事が忙しいからとか、パートナーが子どもを持つことを考えていないからなどといった理由で、優先度を下げてしまわないでほしいと思います。
― 不妊治療が保険適用になり、卵子凍結など生殖補助医療も普及してきましたが、まだまだ知らない人も多いと思います。適した時期に必要な情報を得て、適切な対処を取ること、そして選択肢を多く持つことが大事ですね。
卵子凍結など生殖補助医療などができるからという理由で、出産を先延ばしするのは適切ではありません。パートナーとは、まず高度医療を検討する手前のステップとして自然妊娠するためにできることにトライしていただきたいです。まずは、将来の妊娠やからだの変化に備えて、自分たちの健康に向き合うこと。妊娠しやすいタイミングは生理周期のどのあたりなのか、妊娠に適した年齢やからだづくりは?といったプレコンセプションケア(※1)に関心を持つことが大事です。
そして繰り返しになりますが、人生の時間は有限だということを忘れずに。家族ができてからの時間、人生でやりたいことをする時間というものを考えると、早いうちからライフプランを立てておくということはすごく大切だと思います。
※1「女性やカップルに将来の妊娠のための健康管理を提供すること」を指し、WHOの定義では「妊娠前の女性とカップルに医学的・行動学的・社会的な保健介入を行うこと」としている。(WHO2012)
(参考:日本産婦人科医会)
個人的には、全国の成人式に産婦人科医の講演を取り入れてもらうというアイデアをあたためていて、成人を迎えるころの若い人たちに、これからのライフプランを考える機会にしてもらえるといいなと以前から思っているのです。そのときは「ふーん」ぐらいで関心がそれほどなくても、あとになって思い出してもらえたらいい。どれだけ医学が進歩しても、妊娠しやすい時期や、出産に適した時期があるということを、10代のうちに知識として得ておく意義は大きいと思っています。
“調子がいい”を目指すと、自分も周囲の人も幸せに
― 年齢を重ねてから起こる不調、更年期世代ではどんな課題があるでしょうか。
更年期症状は、人によってつらさも症状もさまざまなので、その人なりの対処法が必要です。ただ、患者さんの様子を見ていると、そもそも睡眠が十分にとれていない女性がとても多いですね。しっかり眠れていなければ、他のセルフケアをいくら取り入れても不調は改善しませんから、食事、睡眠、運動といった基本的な生活習慣を整えることは、何よりも優先してほしいです。困ったら、かかりつけの婦人科医を頼りにしてほしいです。
また、仕事もあり、家事もあり、介護も……とたくさんの役割があってそれが睡眠不足の原因になっているなら、家族やパートナーと話し合うことです。自分がどんなことで困っているのか、どうしてもらうとありがたいのかを言葉で伝えること。少しでも良い状態を保つことは、自分のためだけではなく、子どもやパートナーのためにもなるし、一緒に仕事をする仲間にとってもいいことです。
“調子がいい”を目指すと、人生も豊かになるし、結果、家庭でも仕事でも、周囲の人といいパートナーシップを築いていけます。それは、よりよく生きるという意味の「ウェルビーイング」にもつながると思います。
― 人生の節目節目で、自分が納得のいく選択をしていいのだという、高尾先生の言葉にエンパワメントされました。女性を取り巻く環境は、生理や更年期にまつわる不調が多いというだけでなく、ジェンダーなど、社会的な課題もまだまだ多いですよね。そんな中でウェルビーイングな生き方を叶えるには、改めてどんな視点や姿勢が大切でしょう。
私は、自分自身が幸せに生きることがウェルビーイングだと思っていましたが、あるとき「生きる意味というのは、自分の周りの人たちを幸せにすることだ」という瀬戸内寂聴さんの言葉を聞いて、まさにそういうことなんだろうと、感服したんですね。
私たちのからだは年齢とともに変わっていき、その節目節目で困ることも出てくるわけですが、不調に気づいたらガマンするのではなく、主体的に自分の健康に関わって、改善もしくは解決していきましょう。助けが必要なら周りの人にも言葉で伝えて共有すること。お互い様の精神で、助け合って生きていくことです。機嫌よく、楽しく暮らしていることが、結果的に自分のことも、周りの人たちも幸せにすることになると思います。
女性の健康や権利に関するテーマはたくさんありますが、どんなことでもいい、自分が興味を持ったテーマについて自分の意見を持っていることが大切。私はネットラジオstand.fmで「高尾美穂からのリアルボイス」という番組を日々配信しているのですが、そこでは誰かが困っていることについて、私自身が考えてみなさんに伝えるということを大事にしています。自分の健康課題にしても、女性の権利や社会課題に関することにしても、自分なりの考えを整理してみると、思考力や自分で選択する力が鍛えられます。一人ひとりがそれを積み重ねていくことで、社会はきっともっとよくなっていく。私の場合はそれが、産婦人科医として女性の健康問題に向き合うことなんです。自分を信じて、調子のいい自分で人生を楽しみましょう!
- 1