正しいくすりの知識を身につけよう 第3回
2023.9.7 更新
口から飲んだくすりは、体の中をどのように回って働いているのだろう――。そんな疑問を持ったことはないでしょうか。くすりは病気を治したり症状を和らげたりする使命を持ち、体の中に送り込まれたミクロの“お助け人”のような存在。くすりが体の中でどのように動き、働き、そして仕事を終えて体の外に出て行くのか、それまでの道のりをわかりやすく紹介します。
飲み薬が口から体内に入って作用を発揮し、そして体の外に出るまでの過程は大きく4段階に分けられます。「吸収」「代謝」「体内(患部)に運ばれる(分布)」「排泄」です。ここでは一般的な内服薬を例に、それぞれについて見ていきましょう。
「吸収」とは、くすりが体の中に取り込まれることです。水やぬるま湯と一緒に口から飲み込まれたくすりは、食道を通って、まず胃の中に入っていきます。「胃の中には胃酸や消化酵素があって、食べたものを消化して体に吸収しやすい形に変えています。口から飲んだくすりも、ここで溶けて吸収されやすい形になり、次に小腸へと送られます。くすりによっては胃で溶けず小腸で溶けるように工夫されているものもありますが、多くのくすりは胃で溶けるのが一般的です」と横浜薬科大学教授の小出彰宏先生は説明します。
小腸は栄養素などを吸収する臓器です。胃で溶けたくすりは小さな分子になって小腸に運ばれ、さらに消化されて吸収されます。小腸で吸収されたくすりは、“門脈”という血管を通って、次なる目的地の肝臓へと入っていきます。
「代謝」のメインの舞台となるのが、肝臓です。肝臓は、食べ物から摂取した栄養素や体の中に入ってきた様々な物質を分解したり、毒性を弱めたりする役割を持っています。このように分解・解毒することを「代謝」といいます。アルコールやタバコに含まれるニコチンなどの“毒”も、肝臓で毒性を弱められます。肝臓は、いわば人体の化学工場、そして体内で役立つよう処理してくれるリサイクル工場のような存在です。
くすりも肝臓で代謝されます。この代謝を担っているのが、代謝酵素です。体内での化学反応を促進する物質のことで、肝臓には2000種類以上もの代謝酵素が存在しているといわれます※1。中でも最も重要な働きをしているのが、「チトクロームP450(CYP)」という代謝酵素です。私たちが飲むくすりの多くが、この酵素により代謝されています。
「口から飲んで吸収されたくすりは、肝臓でこのCYP(通称『シップ』)で代謝され、分子構造が変化します。どのように変化するかというと、水に溶けやすい形に変わるのです。これにより、くすりは尿や便として体の外に排出されやすくなるわけです。
肝臓でのこのような代謝を経て、くすりの一部、あるいは大半は活性(働き)を失うことになります。つまり、活性を失わなかった分だけが血液に乗って全身を巡り、くすりの効き目を発揮するのです。このように、肝臓を最初に通過する際にくすりが代謝されて効果の一部を失うことを『初回通過効果』といいます。初回通過効果の程度はくすりによって異なり、大きすぎると薬効成分がほんの少ししか全身を巡らないことになります。そこでくすりが作られるときには、このような仕組みも十分に調べた上で、投与量や投与法などが決められています」(小出先生)
例えば、狭心症のときに使われるニトログリセリン。このくすりは初回通過効果が非常に大きく、肝臓でほとんどが代謝されて薬効を失ってしまいます。そのため肝臓を経なくてもすむよう、舌の下からくすりが直接血液中に入って最初の肝臓での代謝を受けないようにする“舌下錠”が開発されました。
注射薬や坐薬、貼り薬、塗り薬の場合も、肝臓を経ずに作用します。初回通過効果を受けないので、くすりの成分が損なわれることなく作用します。しかも、注射薬や坐薬はすぐに血流に乗りますから、作用を発揮するまでの時間が速いという特徴があります。
飲んだくすりの成分は肝臓から血流に乗って体を巡り、いろいろな臓器などに運ばれていくのです。これを「分布」といいます。「通常、くすりを飲んでから15~30分ほどで有効成分は血液中に入っていきます。くすりの分子はとても小さいので、食べ物を食べたときよりもずっと速く吸収・代謝され、全身を回ることになるのです」と小出先生。
血流に乗って全身を回ったくすりは、患部にたどり着いてはじめて薬効を発揮します。「くすりが効く仕組みはいくつかありますが、多くのくすりは目的の場所、つまり患部に到達すると、細胞の表面にある受容体という部分に結合します。受容体とは、いわば“鍵穴”のようなもの。くすりは、この鍵穴専用の“鍵”を持っているので、患部の鍵穴にぴたりとはまります。その結果、くすりが効果を発揮するのです」と小出先生。
一つの例として、花粉症やアレルギー性鼻炎に使われる抗ヒスタミン薬の場合を見てみましょう。口から飲んだ抗ヒスタミン薬は胃、小腸、肝臓を経由して血液中に入り、全身を回ります。そして患部の鼻にやってくると、本来ヒスタミンが結合するはずの受容体にくっつきます。ヒスタミンは鼻水やくしゃみを引き起こす原因物質です。ヒスタミン受容体の鍵穴にくすり(抗ヒスタミン薬)が持つ鍵がはまって、鍵穴を塞いでしまうと、ヒスタミンは受容体に結合できなくなります。その結果、鼻水やくしゃみが抑えられるのです。
抗ヒスタミン薬は、くすりが鍵穴(受容体)にはまることで、好ましくない作用をする成分をブロックしますが、本来その鍵穴に鍵がはまると起こる作用を進めるタイプのものもあります。例えば、アドレナリンという体内にある成分は、気管支を広げる作用があります。イソプレナリンという気管支を広げるくすりは、“アドレナリン受容体”という鍵穴にはまるとアドレナリンに似た作用を進めるので気管支を拡張できるのです。
口から飲んだくすりがなぜ特定の場所で効くの? と不思議に思われる方もいるかもしれませんが、その秘密がこの“鍵と鍵穴”の仕組みなのです。
もう一つ、くすりが効くための重要な仕組みがあります。それが「血中濃度」です。これは血液中に溶けているくすりの濃度のことです。「正しいくすりの知識を身につけよう」の第1回と第2回でも紹介した通り、血中濃度が低すぎるとくすりの効果が現れず、高すぎると副作用が起こるリスクが高くなります。
つまり、そのくすりが効果を発揮するには、低すぎず高すぎない適切な血中濃度の範囲(至適濃度)にあることが必要なのです。そのため、どのくすりも、効き目が現れるのにちょうどよい血中濃度になるよう、用法・用量が決められています。
薬剤師の鈴木伸悟先生は、次のように説明します。「例えば朝昼夜の1日3回服用するくすりの場合、朝にくすりを飲むと血中濃度が上がりますが、昼ごろになると下がってきます。そこで昼に2回目のくすりを飲むと、また血中濃度が上がりますが、夜になると再び下がってくるので、夜に3回目のくすりを服用します。こうして血中濃度の範囲を一定に維持することで、効き目が続き、症状が改善するのです。もしも早く効かせたいからと一度に2回分のくすりを飲んだりすれば、血中濃度が上がりすぎてしまい、副作用を招きかねません。逆に、1日3回飲むところを1回しか飲まずにいれば、血中濃度が低すぎて効果は期待できなくなります。決められた用量や回数を守ることは、くすりの効き目を安全に、確実に得るためにとても重要なことなのです」
くすりは患部で効き目を発揮した後には排泄されることも大切です。役目を終えたくすりは腎臓に行き、尿として体外へと排泄されます。腎臓は血液をろ過して、尿を作る臓器です。
「ただし、一度に全部が尿中に出て行くわけではありません。一部が尿中に排泄され、まだ血液中に残っているくすりは再び全身を巡ります。そうして再度、肝臓にたどり着き代謝されます。ここでさらに水に溶けやすい形に変えられ、血液中に入って全身を巡り、腎臓でろ過されて、尿中に排泄される……。これを何回か繰り返し、くすりは体の外へと完全に出ていきます。なお、一部のくすりは肝臓で作られる胆汁と一緒に小腸(十二指腸)に入り、便となって排泄されます」と小出先生は説明します。
肝臓や腎臓の機能が低下していると、このような働きがうまくいかないこともあります。
「肝臓や腎臓の働きが落ちている方では、くすりの代謝や排泄が十分に行われないため、通常の量を飲んでもくすりが効きすぎたり、副作用が出たりすることがあります。
肝臓や腎臓の病気がある人はもちろんですが、特に病気がなくても高齢になると肝臓や腎臓の機能は低下しがちです。高齢者は複数のくすりを飲んでいることも多く、肝臓や腎臓への負担が一層大きくなる可能性もあります。特にこうした方は、市販薬を購入する際、薬剤師などに相談してください」と鈴木先生は注意を促します。
病気を治したり症状を和らげたりするという使命を負って、口から体の中に入っていったくすり。胃や小腸、肝臓、血液、腎臓と体内を循環し、最後は尿(一部は便)となって体内から消えていきます。そもそもくすりは体にとって異物ですから、役目を終えたら完全撤退することが基本。消えてなくなることも、くすりに与えられた使命なのです。
本人も気づかないうちに、体を元通りの元気な状態に治し、静かに消えていく。くすりの旅路は、こうして終わります。
胃は、食道と腸をつなぐ袋状の臓器です。食べたものを一時的にためる、食べたものを消化する、消化されたものを蠕動(ぜんどう)運動によってゆっくりと腸に送る、などの働きがあります。胃の中は強い酸性の胃酸や、たんぱく質を消化するペプシンという消化酵素などがあり、消化を助けています。口から飲んだくすりも通常、胃で溶けてから小腸に送られます。
小腸は十二指腸、空腸、回腸の3つの部位で構成されています。人の臓器の中で最も長く、5~7mもあるとされ、曲がりくねった状態でお腹の中に収まっています。
胃で消化された食べ物は小腸でさらに消化され、栄養素が吸収されます。
同様にくすりの多くが小腸で吸収されます。吸収されなかったものは小腸の先にある大腸に送られ、便として排泄されます。小腸は消化や吸収のほかにも、免疫などの重要な役割を担っています。
体の中で最も大きな臓器です。有害物質やくすりなどの異物を分解・解毒する、栄養素を貯蔵する、消化に必要な胆汁を合成・分泌する、などの働きがあります。くすりが働く上で肝臓はとても重要な役割を果たしています。肝臓には非常に多くの代謝酵素が存在し、いろいろな物質の分解や合成などの化学反応が絶えず繰り広げられています。このため、肝臓は人体の“化学工場”などとも呼ばれています。口から飲んだくすりは肝臓で分解・解毒(代謝)された後、血液に乗って全身を回ります。
そら豆のような形をした握りこぶし大の臓器です。腰のくびれの少し上に左右一つずつあります。血液をろ過して尿を作り、老廃物や塩分などを尿として体の外に排泄する役目があります。口から飲んだくすりの多くも、腎臓を経て尿として排泄されます。腎臓にはこのほかにも、体液を一定に保つ、血液や血圧に関係するホルモンを分泌する、骨に必要なビタミンDを活性化するなど、様々な働きがあり、全身の健康維持に深く関わっています。
「ドラッグ・デリバリー・システム(DDS)」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。これはくすりの作り方を工夫して、届けたい場所に必要最小限の量のくすりを、効率よく届けるための技術のことです。
日本語では「薬物送達システム」と呼ばれています。治療効果を高めたり、くすりの服用回数を減らしたり、副作用の危険性を減らしたりする目的で、いろいろなタイプの製剤が開発されています。
例えば、効く時間をコントロールするための製剤としては、「徐放性製剤」があります。これは、錠剤を何層かにしたり、溶け出す速さが違うくすりを一つのカプセルに入れたりすることで、徐々に効き目を発揮するように作られたものです。
逆に、すぐ溶けるように作られているのが、「口腔内崩壊錠」です。錠剤に細かい穴を開けるなどの工夫がなされ、唾液で素早く溶けます。飲み込む力が低下した方でも、簡単にくすりが飲めるようになっています。胃で溶けずに小腸に入ってから溶けるように工夫された「腸溶性製剤」と呼ばれるくすりもあります。
【第一三共ヘルスケアの該当製品】
「このほか、『プロドラッグ』と呼ばれるものもあります。これは体内に入り、肝臓で代謝されて初めて薬効を発揮するように設計されたくすりです。本来の有効成分にほかの分子を少し加えて化学構造を変えておくと、肝臓での初回通過の際にその分子が代謝されます。すると本来の有効成分だけが残って血液中に入り、血中濃度を高く保つことができます。つまり患部に十分な量の有効成分を届けることができるのです」と小出先生は説明します。
【第一三共ヘルスケアの該当製品】
これとは逆に、「アンテドラッグ」と呼ばれる製剤は、特定の場所で強く働き、体内に吸収されると急速に効果を失うように作られています。「例えば、炎症を抑える作用が強いステロイド薬の入ったアンテドラッグの塗り薬があります。これは湿疹などがある皮膚に塗ると、その場では強く働きますが、素早く分解されるため、成分が体内に入るときには作用が弱くなっています。ステロイドが局所だけで働き、体の中で作用しないように作られているのです。副作用を避けるための工夫です」(小出先生)
【第一三共ヘルスケアの該当製品】
花粉による季節性アレルギーのつらい鼻症状に。クールタイプのアンテドラッグステロイド(ベクロメタゾンプロピオン酸エステル)配合点鼻薬
※18歳以上
私たちが日ごろ使っているくすりは、いろいろな工夫や先進技術で効果や安全性が高められているわけです。