男性ホルモン(テストステロン)の減少でリスクが高まる病気に注意!
2024.3.4 更新
主要な男性ホルモンであるテストステロンの減少は、生活習慣病やがん、心血管疾患、認知症などのリスクを上げる可能性も指摘されています。こうした病気を防ぐためにも、できるだけ男性ホルモンを低下させないようにしたいものです。それには何をすればよいのでしょうか。男性ホルモンを減らさないためにできることや、男性更年期の症状がある家族への上手な接し方、中高年男性の「なんとなく不調」を適切に診断してもらうための方法などを紹介します。
男性ホルモンであるテストステロンの分泌が急に低下すると、心身に様々な不調が現れます(男性更年期症状)。前編でも紹介した通り、これが病気といえるところまで悪化した場合がいわゆる「男性更年期障害」で、医学的にはLOH(late-onset hypogonadism)症候群や加齢性腺機能低下症と呼ばれます。
精神面では、気分が沈む、やる気が出ない、よく眠れない、といった症状が現れ、身体面では女性の更年期障害と同じようなほてりや頭痛に加え、体重やLDL(悪玉)コレステロールの上昇が見られます。これはテストステロンに「筋肉を増やし、体脂肪を減らす」作用があるためです。テストステロン量が減ったことで筋肉が減り、体脂肪が増えるリスクが高まるのです。
「体の中で脂肪が増えることは様々な生活習慣病のリスクを高めます。内臓脂肪が増えると、肥大化した脂肪細胞から血圧や血糖値を上げる悪玉のアディポサイトカイン(生理活性物質)が分泌されます。お腹が出てくると血糖値や血圧が高くなりがちなのはそのためで、これがメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)です。そのためテストステロン値の低下は、糖尿病や高血圧といった生活習慣病のリスクを高めることにつながるのです」と順天堂大学大学院医学研究科・泌尿器外科学主任教授で、日本メンズヘルス医学会理事長も務める堀江重郎先生は説明します。
実際、30~63歳の日本人男性約1,200人の調査から、「肥満」「高血糖」「高血圧」「脂質異常」というメタボリックシンドロームの因子が増えている人たちでテストステロン値が低下していることも確認されています※1。
メタボリックシンドロームは動脈硬化を進め、脳卒中や心筋梗塞といった心血管疾患につながりますが、さらに男性更年期障害(LOH症候群)はがんの死亡率も高めると示唆するデータもあります。
40~79歳の男性約1万人を対象とした疫学研究から、テストステロンが低い人は心血管疾患、がん、全体的な死亡率が上がることが確認されています※2。
また、最近の研究から、テストステロンが低い男性はCOVID-19が重症化しやすいこともわかりました※3。
それらの理由を堀江先生は次のように説明します。
「テストステロン値が下がると免疫力が低下する傾向があります。がんのリスクが高まるのも、免疫力が低下してがんの発生に対する監視機構が弱くなるためでしょう。テストステロンは中枢神経においては記憶を司る海馬で働いているので、下がると認知機能の低下にも注意が必要です」
東京大学の秋下雅弘教授らの研究から、テストステロンに認知機能を改善する作用があることも確認されています。テストステロン値が低い平均81歳の認知症の男性24人を2グループに分け、一方にだけ1日40mgのテストステロンを投与しました。3カ月後と6カ月後に認知機能を調べると、テストステロンを与えたグループでは認知機能の回復が見られました※4。
同じように、テストステロン値の低下を食い止められればメタボリックシンドロームやがんのリスクも下がるのではないかと考えられています。
前編でも説明した通り、テストステロンの分泌は20~30代でピークを迎え、加齢とともに緩やかに減っていきますが、個人差は非常に大きく、「高齢になってもほとんど下がらない男性もいます」と堀江先生は話します。
また、女性のエストロゲン(女性ホルモン:卵胞ホルモン)のように、一定の年齢になると急減することもありません。テストステロンは本来、それほど加齢の影響を受けず、何歳になってもある程度は分泌され続けるホルモンなのです。
では、なぜそのテストステロンが急減して男性更年期障害が起こるのでしょうか。
「糖尿病などの病気が原因で起こることもありますが、テストステロンが減少する原因で最も多いのはストレスです」(堀江先生)
男性のテストステロンは主に精巣(睾丸)で作られます。しかし、それは精巣が自動的に作っているわけではなく、脳からの指令によるものです。脳の中の下垂体がLH(黄体形成ホルモン)を分泌し、それが精巣にテストステロンを作らせているのです。
一方、強いストレスを受けると、脳の視床下部からCRF(副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン)というホルモンが分泌され、それが下垂体からACTH(副腎皮質刺激ホルモン)を分泌させます。すると、ストレスに対抗するためのホルモンであるコルチゾールが副腎で作られ、血糖値や血圧が上がります。
「CRFはコルチゾールを増やすとともに、LHを減らしてテストステロンを作らないようにする作用があります。テストステロンは子孫を残すために必要なホルモンですが、本人の生命が危機に瀕したとき、つまり強いストレスを受けたときには後回しにされてしまう。つまりテストステロンは、リラックスしていないと作られにくいホルモンなのです。また卵胞刺激ホルモン(FSH)も低くなり、精子形成も低下します」(堀江先生)
テストステロンの低下と男性更年期障害を防ぐために最も大切なのは、ストレスをためないこと、たまったストレスを上手に解消することです。
ストレスのほかに、運動や食事といった生活習慣もテストステロンの分泌に影響を与えます。では、テストステロンの低下を防ぐためには具体的にどのようなことをすればよいのでしょうか。堀江先生に教えてもらいました。
まず、運動から見ていきましょう。前に触れたようにテストステロンには筋肉を増やす作用がありますが、逆に筋肉に刺激を与えるとテストステロンは増えます。筋トレだけでなく、中強度の有酸素運動をしてもテストステロンが増えることが確認されています※5。
「ウォーキングをするのなら、途中で階段を登ると心拍数も上がり、太ももの筋トレにもなるのでより効果的です。太もも前部の大腿四頭筋は人体最大の筋肉なので、ここを鍛えることで効率よく筋肉量を増やせます」と堀江先生。
次に食事ですが、たんぱく質をしっかりとることが大切です。動物実験から、ニンニクと一緒にたんぱく質をとるとテストステロン値を上げる効果があることが確認されています※6。また、玉ねぎに含まれるツーンとする臭いのもとであるイオウ化合物もテストステロンを上げる作用があります。
短期間で体脂肪が落ちる「糖質制限」はダイエット法として人気がありますが、堀江先生は「極端な糖質制限をすると筋肉が減り、テストステロン値も下がってしまいます」と注意を促します。テストステロンを作るには、ある程度の糖質が不可欠だからです。
このほか今の日本人に不足し、テストステロンを作るために重要なビタミンやミネラルとして、堀江先生はビタミンDと亜鉛を挙げます。
「ビタミンDは魚、亜鉛は貝類に多く含まれています。最近の日本人はビタミンDと亜鉛が欠乏している人が増えていますが、それは魚介類を食べなくなったせいかもしれません。また、加工食品に多く含まれる傾向がある無機リンは亜鉛の吸収を妨げる作用があるので注意が必要です」(堀江先生)
発酵食品や食物繊維を多く含む食品などを積極的に食べてお腹の調子を整える「腸活」もテストステロン値アップに有効です。
「無菌環境で飼育し、腸内細菌がいない状態にしたマウスは、オスもメスもテストステロンのレベルが変わりませんでした。それを自然の環境に戻すと、オスの方が明らかに高くなったそうです。つまり、腸内細菌がいないとテストステロンが作られにくくなるということです」と堀江先生は説明します。
前に触れたように、最も大切なのはストレスをためないことです。
「ストレスを溜めないために一番良いのは、自分が"楽しいと感じること"をやることです。テストステロンは社会性のホルモンなので、友達と会うのも有効です。会社の同僚よりも、仕事と関係ない学生時代の友人の方がベターでしょう。また、ボランティアをするとテストステロンが上がることが分かっています」(堀江先生)
中高年男性が「なんとなく体調が悪い」と感じたとき、必ずしも男性更年期障害(LOH症候群)とは限りません。男性更年期障害も決して軽く考えてはいけない病気ですが、ときにはもっと深刻な病気が背後に隠れている場合もあるので放置は厳禁です。
「食欲不振や疲れやすいといった症状がある肝炎やがんなどは、LOH症候群と間違えやすい病気でもあります。また、ビタミンの欠乏症などもあり得ます。ただし、それは医師が診察すれば分かりますから、LOH症候群かもしれないと思ったら、まずは泌尿器科を受診してください」と堀江先生。
メンズヘルス外来や男性更年期外来なら、診療経験が豊富な医師の診察を受けられます。
「わざわざ病院に行くほどでは……」と躊躇する人には、唾液を郵送するとそこに含まれるテストステロンを測定してくれるサービスもあります。料金は1回数千円です。診断まではできませんが、平均と比べて自分のテストステロン値がどの程度なのか分かるので、まずはそれを試してみてもよいでしょう。平均よりも高ければ、男性更年期障害ではない可能性が高くなります。また、前編で紹介した「AMS質問票」も有効です。
男性更年期障害でメンズヘルス外来を受診すると、重症の場合は定期的にテストステロンを注射するホルモン補充療法を行います。最近ではテストステロンの塗り薬も使われるようになりました。
「これは日本メンズヘルス医学会が認定したテストステロン治療認定医に処方してもらうゲル剤です。注射と違って、テストステロンが上がり過ぎたり下がり過ぎたりする心配もないという利点があります。健康保険は適用されず、1カ月の費用は1万円程度です」(堀江先生)
症状が軽いときには漢方薬を処方されることも多いといいます。
「漢方薬の第一選択は補中益気湯(ほちゅうえっきとう)。これは幅広く効きますが、特にやせていて元気のない人や高齢者に向いています。がっしりした体格の人には八味地黄丸(はちみじおうがん)、若くてイライラしがちな人には柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)がよく効きます」(堀江先生)
いずれも市販薬として販売されています。
男性にも更年期があることはかなり知られてきましたが、まだまだ認知度は低く、誤解も少なくありません。前編でも触れたように、男性更年期障害(LOH症候群)は早ければ30代でも起こるのですが、「更年期」という言葉のイメージから「年齢的に自分にはまだまだ先」と思っている30~40代男性も多いでしょう。それは、日ごろ接する機会が多い家族やパートナーも同じことです。早く異変に気づければ症状が軽いうちに治療を受けられます。
「パートナーが気づくポイントとしては、『笑わない、イライラして怒りっぽい、面倒くさがる、太った、夜間頻尿』などがあります。このような症状が見えてきたらLOH症候群かもしれません」(堀江先生)
ただし、本人への伝え方には注意が必要です。下手に「男性更年期なんじゃないの?」といえば、「僕はまだまだ!」と怒ったり気落ちしたりすることもあるでしょう。
更年期という言葉には老化のイメージが強いので、まずは若くても起こり得る「病気」であり、自然には治らないこと、治療によって改善することを説明しましょう。
女性のエストロゲンと違って、本来テストステロンは年を取っても分泌され続けるホルモンだということを伝えるのも大切です。
「他人に認められ、ほめられることでテストステロンの分泌は高まります。パートナーがLOH症候群になったら、些細なことでもほめてあげることが大切。持ち上げて元気にしてあげてください」と堀江先生はアドバイスします。
誰しもなる可能性がある「男性更年期障害(LOH症候群)」。ご本人だけでなく、家族がそれについてよく知っておくことが、治療の第一歩になります。
変化を見逃さず、早期発見、早期治療で充実した生活を送りましょう。
男性ホルモンの働きと男性更年期障害(LOH症候群)について知りたい人は、前編をチェックしてみてください。