歯を失う最大の要因は歯周病―20代でも3割にリスク
2022.08.08 更新
人生100年時代。長い人生を最後まで楽しむためには、お口の健康の維持がとても重要なファクターであることがわかってきました。
お口の健康のために大切なのは、日々の生活の中で「歯周病を予防すること」と、噛む力や唾液の分泌力といったお口の機能を一生涯保って「オーラルフレイルを予防すること」です。
歯周病は歯を失う大きな原因になるだけでなく、全身の様々な病気の発症にも関わっています。また、オーラルフレイル(フレイルとは虚弱状態)を防げば、体のフレイルも予防できる可能性があります。
若いうちから自分の歯を自分で守ることが、人生の後半戦をいきいきと楽しむために欠かせません。
「食べることは生きること」。食育の現場などでよく耳にする言葉ですが、健康に長生きする上でも重要なキーワードの一つです。
「私たちの体は、口から摂取する様々な栄養によって作られています。体に必要な栄養を十分に摂るためには、自分の歯でしっかり噛むことが欠かせません」と、大阪大学大学院歯学研究科口腔分子免疫制御学講座予防歯科学教授の天野敦雄先生は指摘します。
「例えば筋肉の材料となるたんぱく質は、弾力があり噛みごたえのある赤身肉などに多く含まれます。しかし歯に痛みがあったり、歯肉(歯ぐき)が腫れ、歯がグラグラしたり、歯を失ったりしていると、思うように噛むことができず、食べにくさから、硬めの肉や噛みごたえのある野菜なども控えるようになってしまいます。結果として、豆腐や卵料理などの柔らかくてあまり噛まなくても食べられる料理や食品を好むようになり、おいしく食事を楽しめないだけでなく、食生活に偏りが出るようになってしまうのです」(天野先生)
思うように食べられず、しかも偏った食生活が続けば、エネルギー不足になるばかりでなく、筋肉量を維持するためのたんぱく質や、健康を保つために不可欠なビタミンやミネラルなどの栄養素も不足するリスクが高まります。こうした「低栄養」の慢性化は、筋力や活動性の低下、体重減少などを招き、心身が衰えた「フレイル(虚弱)」状態へと向かわせます。
また、食事を楽しめなくなると、皆と同じ料理を食べられないことが苦痛で、会食や旅行に誘われても躊躇してしまうなど、精神面や人との交流にも影響が及ぶ可能性もあります。
「口の健康は心身の健康はもちろんのこと、コミュニケーションといった社会性にも直結し、私たちのQOL(生活の質)に大きく関係するのです」と、鶴見大学歯学部前教授の斎藤一郎先生。
歯を失う原因にはいろいろありますが、日本人が歯を失う最大の原因は「歯周病」です。
全国の歯科医院で抜歯処置を受けた男女6,541人を対象に、公益財団法人8020推進財団が行った全国抜歯原因調査結果。歯が失われる原因で最も多いのは「歯周病」(37.1%)で、次が「むし歯(う蝕)」(29.2%)。以下、「破折」(17.8%)、「埋伏歯」(5.0%)、「矯正」(1.9%)、「その他」(7.6%)だった。
(データ:8020推進財団「第2回永久歯の抜歯原因調査報告書」2018)
もちろん、歯周病になったからといってすぐに歯を失うわけではありません。しかしながら若くても歯周病を放置すれば、将来的に歯を失うリスクが高まるということをぜひ心に留めておきたいものです。
歯周病の発症や進行には、加齢やその人の唾液の性状、噛み合わせの悪さ、口呼吸により十分に口の中が潤わないといった生活習慣などが関係しています。しかし、「最も大きな要因は、“お口の中を清潔にできていない”こと。歯垢を十分に落としきれていないのがきっかけです。
口の中には様々な種類、多くの細菌がすんでおり、その密度は肛門周辺や便中のそれと同じくらいだといわれています。
歯をきちんと磨けていないと、歯周病菌を含む悪玉菌が歯の表面や歯と歯ぐきの間に付着して繁殖し、プラーク(歯垢)と呼ばれる細菌のかたまりが作られます。歯と歯ぐきの間に溜まったプラークは歯の周りに炎症を起こす原因となり、歯周病を招きます。初期の歯肉にだけ炎症が起こった状態を歯肉炎、それ以上進行した状態を歯周炎と呼び分けます」(天野先生)
「歯ぐきには体が本来持つ抵抗力があるため、最初から急激に強い炎症が起こることはありません。歯肉炎の段階で正しい歯みがきを行い、プラークをしっかり落とし、歯科医院でプロフェッショナルなケアを受ければ炎症は治り、健康な状態に戻すことが可能です」(天野先生)
やっかいなのは、歯肉炎の段階では自覚症状がほとんどないこと。そのため、そのまま放置してしまうケースも少なくありません。するとプラークは硬い歯石となってこびりつき、歯みがきでは落とせない状態になります。プラークや歯石に含まれる歯周病菌は炎症を起こす物質を放出するため、次のような経過でじわじわと症状が進行していくことになります。
「仮に20代で歯肉炎を発症し、正しい歯みがきができなかった場合、30代には軽度歯周炎へと進行すると考えられます。軽度歯周炎では、時々歯肉の腫れなどを感じることがあっても数日経つと治るため、ついそのままにしがちに。すると当然さらに炎症が進むことになり、最悪の場合は40代で歯を失う可能性があります。歯周炎に早く気づくポイントは、歯みがきの際の出血の有無です。2~3日、歯みがきの際に同じところから出血するようなら要注意。歯科医を受診しましょう。
一般的に20代ごろまでは自身の免疫力や骨を作る力によってある程度進行を抑えられることが多いのですが、適切な歯みがきや治療を行わないと10年、20年単位で悪化し、結果として歯を失うという取り返しのつかないことになる場合もあることを覚えておきましょう」(天野先生)
歯周病の原因は歯周病菌。つまり感染症なのです。そのため、唾液を介して感染者から他者へとうつることも! 当然、キスでもうつります。
「親が赤ちゃんにキスをしたり、自分が食べている箸やスプーンで子どもに料理を取り分けたり、食べさせたりすることはよくありますが、親が歯周病菌を持っていれば、赤ちゃんや子どもにうつしてしまう可能性がありますから避けたい習慣です」と天野先生は助言します。
歯みがきの際に使うコップなどを、家族と共有するのも感染の原因の一つです。大切な人に感染させないよう、こうした行為を控えることも大事ですが、家族以外の人からうつる可能性も高いので、感染を恐れるより、お口の異常に気づいたら早く歯科医院を受診することが大切です。
歯周病は歯を失う要因となるだけでなく、全身の様々な病気、特に老化に伴ってリスクが増す生活習慣病の進行と関わりがあることが多くの研究からわかっています。
歯周病が様々な全身の病気を引き起こすメカニズムとして、主に次の3つがあると考えられています。
「歯肉の上皮には本来、細菌が体内に侵入するのを防ぐバリア機能が備わっています。ところが歯周病菌は細胞と細胞の間の『細胞間空隙(くうげき)』を分解して侵入できるほか、細胞そのものの中に入り込むこともできます。こうして歯周組織の中に入った歯周病菌は血管に侵入し、血流に乗って全身に拡散されていきます。
また、歯周病菌によって歯肉に炎症が起こると、炎症を促す物質である炎症性サイトカインが発生します。この物質も血流に乗って全身に運ばれ、様々な臓器で炎症を起こす要因となります。
さらに、歯周病菌をマウスの口から大量に投与し、腸内に到達させたところ、腸内細菌叢が変化。腸内のバリア機能が低下し、様々な臓器に炎症が起こったという国内の研究結果※1もあります」(天野先生)
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歯周病と関連のある病気は100以上あるといわれていますが、代表的なものに次のようなものがあります。
多くの疫学調査で、糖尿病と歯周病の相互関係が明らかになっています。歯周病は糖尿病に悪影響を及ぼし、逆に糖尿病も歯周病を重症化させるリスクファクターです。歯周病を持つ糖尿病患者に治療を行うと、血糖コントロールに関わるHbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)の数値などが改善するなどの報告があります※2。
動脈硬化とは、血管が硬くなり、血液の流れが悪くなる症状のこと。心筋梗塞や脳卒中、高血圧などを引き起こす要因となります。動脈硬化の原因の一つは、TNF-αという炎症物質(サイトカイン)による血管の炎症。歯周病菌の中でも悪玉とされるジンジバリス菌がTNF-αを増やすように働いて動脈硬化を進行させます。
食べ物や飲み物が誤って気管に入り、唾液中の細菌が肺に入って炎症を起こすのが誤嚥性肺炎です。口の中に菌が多いほど、リスクが高まりますが、誤嚥性肺炎を引き起こす菌の一つが歯周病菌とされています。
また、「失った歯の数が多いほど認知症のリスクが高いことが近年明らかになっています。将来の要介護リスクを低くするためには、記憶力や学習能力といった認知機能をできるだけ長く保つことも大切ですが、お口を健康に保ち、歯の数を維持することがそれに貢献するというわけです」と、斎藤先生は指摘します。
(グラフ左)残っている歯の数とアルツハイマー型認知症のリスクの関係
(グラフ右)失った歯の数とアルツハイマー型認知症のリスクの関係
歯周炎(約401万人)または歯の欠損(約66万人)と診断された日本の60歳以上の人について、アルツハイマー型認知症との関連を調べた。その結果、残っている歯が20〜28本の人のアルツハイマー型認知症のリスクを1とすると、残歯が10〜19本ではリスクが1.11倍に、残歯が1~9本では1.34倍になった。また、失った歯の数が1〜13本の人のリスクを1とすると、14~27本ではリスクが1.40倍、28本では1.81倍になった。残歯が少ないほど、失った歯の数が多いほどアルツハイマー型認知症の罹患リスクが高いことが示された。
(データ:PLOS ONE. April 30. 2021)
九州大学などの研究チームが行った研究では、歯周病菌に感染したマウスの脳血管の表面で、アルツハイマー型認知症患者の脳内に多い「アミロイドβ」が増加することが明らかになりました※3。
このほかに、歯周病と骨粗しょう症やメタボリックシンドローム、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)、早期低体重児出産などとの関連も示唆されています。
「歯周病の予防や治療をすることで、こうした様々な病気の予防にもつながるといえます。最近では、50代以降の方で、歯周病や強すぎるブラッシングが原因で歯茎が下がり、歯の根が露出した部分がむし歯になる“根面う蝕(こんめんうしょく)”が増えています。この部位はエナメル質でカバーされていないため、むし歯の進行が早く歯を失う原因になっています。歯がしみる、歯ぐきが下がっているといったことがあれば、知覚過敏だと自己判断せず、早めに歯科医を受診しましょう。歯の健康を保つことは全身の健康のためにもとても重要です」(天野先生)
※1 Sci. Rep. 4 : 4828. 2014
※2 Cochrane Database Syst Rev. (5) : CD004714. 2010
※3 Journal of Neurochemistry. 158 : 724–736. 2021
人生100年時代、健康寿命に関わるもう一つの大きなリスクが「オーラルフレイル」です。オーラルフレイルとは、口腔機能の軽微な低下や、食の偏りなどのこと。
「近年は若い世代でも柔らかい食べ物を好む傾向が目立ちます。すると硬い食べ物を噛み砕くときに使う筋肉や、食べ物を口の中でまとめる舌の筋肉など、口まわりの筋肉を使う機会が減るため、徐々に筋力が低下します。こうしたことがオーラルフレイルの原因の一つとなります」と斎藤先生は注意を促します。
加齢とともに運動機能や認知機能などの低下が見られる体全体の「フレイル(虚弱)」が注目されていますが、オーラルフレイルはフレイルよりも先に現れる、老化の初期症状の重要なサインの一つとされています。
「口まわりの筋力が低下するとだんだん噛まなくなり、噛む刺激で分泌される唾液も出にくくなります。唾液にはラクトフェリンやリゾチーム、ラクトペルオキシダーゼ、免疫グロブリンといった抗菌物質が含まれており、歯周病やむし歯を防ぐ上でも重要です。オーラルフレイルを防ぎ、たっぷりの唾液を出すためには、噛みごたえのあるものを食べるほか、歌を歌ったり人と会話して、楽しみながら口を動かすことが大切です」と斎藤先生はアドバイスします。
「昨今のコロナ禍では人と会って話をしたりする機会が激減し、そうしたことも口まわりの筋力が低下する要因の一つになっています。ただし、筋力はいつでも鍛えることで回復可能で、オーラルフレイルも改善します。若いほど回復は早いので、上記の項目にチェックが付いた人は、意識して噛む、話すなど、口を動かすようにしてください」(斎藤先生)
後編では歯周病を予防するためのセルフケアや、オーラルフレイルを防ぐ生活のコツなどをご紹介します。