感染症の重症化リスクが高い人とは?
2024.10.17 更新
新型コロナウイルス感染症の流行で、「マスク」「手洗い」「換気」「消毒」などの感染症対策の基本が周知されるようになった一方で、2年以上にわたり他人と接する機会が減ったことによる「獲得免疫」の低下や、在宅勤務による運動不足などの“負の遺産”も指摘されました。このパンデミックで学んだ、効果が実証された感染症対策の実践と継続で、様々な感染症への対策につなげましょう。「感染で重症化しやすい人」についてもまとめました。あてはまる方においては、日ごろからリスク管理を意識したいところです。
日本で初めて新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)患者が確認されて以来、私たちは日常的に様々な感染対策をより意識して行うようになってきました。4年以上を経て、新型コロナもインフルエンザや風邪と同じように“恐れすぎない”対応も広がっています。
新型コロナやインフルエンザなどの感染症は、鼻・のどなどの粘膜を通して感染する病気であるが故に、感染予防には次のような対策が効果的であることがわかっています。
一方で、常時マスクを着用したり、外出を控えるといった過度に菌やウイルスを避ける生活では、異物に体が曝露されないために「獲得免疫」といわれる免疫が強化されず、様々な感染症にかかるリスクが高くなることもあります。2023年の秋からはプール熱(咽頭結膜熱)の患者数が過去10年で最多となったのをはじめ、インフルエンザ、手足口病、伝染性紅斑(りんご病)などの感染者数も増えました。
こうした感染症から身を守るには、生まれつき備わった「自然免疫」に加え、ウイルスや細菌との遭遇体験をもとに強化される「獲得免疫」で退治できる程度に、適度な異物への暴露も大切です。そのため、感染対策も常時フルに行うのではなく、
といった状況に応じた感染対策をとるのがよいといえます。
2023年5月、新型コロナは、感染症法上でインフルエンザや感染性胃腸炎などと同じ「5類感染症」になり法的な管理体制が緩和されました。徐々に以前の日常が戻ってきましたが新型コロナウイルスは引き続き社会に影響を与える重要な感染症のひとつです。
ただし新型コロナは「5類感染症」移行後も何度か感染者急増の波が訪れており、感染対策が重要であること自体は変わりありません。
また、それだけではありません。新型コロナが5類になったころから、インフルエンザや手足口病など、その他の多くの感染症が拡大しています。
その理由のひとつには、感染症対策の緩みが考えられます。人混みや食事前など、リスクの高い状況においてもマスクを外し、適切な手洗いをする人が以前に比べて少なくなっています。さらに、「数年間にわたる新型コロナ禍で他人と接触する機会が減ったことで、微生物に接触する機会も減りました。外からの免疫刺激が少なくなった環境の中で過ごしたことで、獲得免疫が弱くなったこともインフルエンザなどのその他の感染症が増えている要因といえるでしょう」と、千葉大学医学部附属病院感染制御部・感染症内科准教授の谷口俊文先生は指摘します。
「2023年の秋から冬にかけて増えたプール熱(咽頭結膜熱)やインフルエンザ、2024年の年明けから伝染性紅斑(りんご病)、春から夏にかけては手足口病やヘルパンギーナなど、多くの感染症が流行しています。手足口病や伝染性紅斑(りんご病)は主に子どもがかかる感染症ですが、子どもから大人にも感染が広がっているので注意が必要です」(谷口先生)。また、国立感染症研究所によれば、2024年7月29日~8月4日の速報データで、マイコプラズマ肺炎の定点当たりの報告数が過去5年間の同時期の平均よりかなり多いと報告されています。
病名 | 原因となるウイルス | 主な症状 |
---|---|---|
手足口病 | エンテロウイルス、コクサッキーウイルス | 発熱、咳、鼻水。手足や口の中に水疱のような発疹が現れる。患者の9割は5歳以下 |
ヘルパンギーナ | コクサッキーウイルス、エコーウイルス | 発熱、のどの痛み、口内の水疱性発疹 |
伝染性紅斑 (りんご病) |
パルボウイルスB19 | 風邪のような症状に加え、頬や手足に赤い発疹が出る。頬が赤くなるので「りんご病」と呼ばれる |
プール熱 (咽頭結膜熱) |
アデノウイルス | 発熱、のどの痛み、頭痛、目の充血(結膜炎)。プールで感染することが多い |
ノロウイルス感染症 | ノロウイルス | 発熱、吐き気、嘔吐。急性胃腸炎による腹痛や激しい下痢 |
インフルエンザ | インフルエンザウイルス | 38℃以上の発熱、鼻水、のどの痛み、頭痛、関節痛など。重症化すると肺炎を起こすこともある |
マイコプラズマ肺炎 | 肺炎マイコプラズマ | 発熱、全身の倦怠感、頭痛、痰を伴わない咳、咳は熱が下がった後も長期(3~4週間)続くのが特徴、一部の人は肺炎になることもある |
新型コロナウイルス感染症 | 新型コロナウイルス(COVID-19) | のどの痛み、咳、鼻水、鼻詰まり、全身の倦怠感、発熱、筋肉痛など。罹患後症状(後遺症)も指摘されている |
(監修:千葉大学医学部附属病院・谷口俊文先生)
感染症というと、インフルエンザやノロウイルスのように冬に流行する印象がありますが、夏もまた広がりやすい季節です。実際、新型コロナは冬と夏に流行するサイクルを繰り返していますし、プール熱や手足口病はもともと夏の感染症として知られています。夏はエアコンを使って閉め切った屋内で過ごすため、換気をしなくなることも理由のひとつと考えられています。
そもそも新型コロナやインフルエンザ、風邪などはどのようにして体に入り込むのでしょうか。「原因となるウイルスや細菌は、鼻やのどなどの上気道や、腸管などの消化管の上皮を覆う粘膜から体内に入って感染します。そうした感染から身を守るのが、体に備わっている“粘膜免疫”という仕組みです」と谷口先生。自然免疫と獲得免疫が共同して支える粘膜の免疫は、ウイルスや細菌だけでなく、アレルギーの原因になる花粉などの異物の侵入も防ぐ役割を果たしています。
粘膜免疫の中心的な役割を果たすのが獲得免疫で作られる免疫グロブリンA(IgA)と呼ばれる物質です。IgAは抗体の一種で、粘膜表面や血液・体液などに含まれます。IgAの特徴は、特定のウイルスや細菌に対抗することですが、多様なIgAがしっかり作られる体の状態が保たれていると、新しいウイルスや細菌に対する対応力も高くなります。
一方で、疲労感が強いと唾液中のIgA量が減り、上気道感染症にかかるリスクも上がったという報告があります※1。
強いストレスや睡眠不足、鼻腔やのどの乾燥などはIgAの働きを低下させる要因になりますので、気を付けましょう。
外出が制限され、友人や親戚とも気軽に会えなかった新型コロナ流行時の数年間はとても不自由な時期でした。けれども命がかかった状況下で「感染症対策の基本」を学ぶことができたともいえます。こうして実証された対策は、現在流行している多くの感染症に対しても有効です。ここで改めて、具体的な感染症対策を確認しておきましょう。
多くのウイルスは感染者の咳やくしゃみなど、飛沫によって感染します。飛沫に含まれていたウイルスが上気道(鼻やのど)の粘膜にくっつき、そこから体内に侵入していきます。ここで活躍するのが、前述した粘膜免疫です。上気道や消化管の粘膜にいる免疫細胞から分泌されたIgA抗体は、外から入ってきた病原体を捕捉してくれます。ただし、ウイルスの量が多すぎれば、粘膜免疫の防御を突破されるリスクも高まります。
こうした粘膜からの感染を防ぐには、物理的にウイルスを粘膜に触れさせないことが一番です。そこで力を発揮するのがマスク。ウイルスそのものは多くのマスクの目よりもずっと小さいのですが、ウイルスが乗っている飛沫をとらえられれば、ウイルスが粘膜に到達するリスクを下げることができるでしょう。
谷口先生は、手を指の間まで洗う手洗いも大切だといいます。「手についた病原体を口や目などの粘膜に運ばないことが大切です。そのため、外から帰ってきたときや、食事の前には、石けんと流水でしっかり手を洗いましょう。石けんには界面活性剤が含まれていて、それがウイルスや細菌を殺してくれます。また、アルコール製剤などによる除菌も有効です」(谷口先生)
8つの研究を分析したところ、マスクの着用も手洗いも、新型コロナにかかるリスクを同様に53%低下させたという結果も出ています※2。
マスクと手洗い、この二つはセットで考えるのがよさそうですね。
しばしば推奨される「うがい」はのどに付いたウイルスを洗い落としてくれそうですが、「意外とデータが少なく、手洗いなどに比べると明確な効果が認められていないのが現状です。もちろんやっても構いませんし、水のみのうがいでもいいでしょう」と谷口先生は話します。
見落としがちな重要な対策が「換気」。新型コロナはエアロゾル感染することがわかっています。飛沫よりも小さい直径5ミクロン以下の粒子に乗って空中を浮遊しているウイルスを吸い込むことで、感染してしまうケースがあるのです。このエアロゾル感染を防ぐため、換気はとても重要だといいます。
「呼吸器から感染する新型コロナやインフルエンザは、換気によってリスクを減らせます。家にいるときは、1時間に1回は窓を開けて換気をしましょう。部屋の広さにもよりますが、1回の換気時間は10~15分くらいが目安。また、客観的な指標として、室内の二酸化炭素を測定する方法もあります。私はCO2(二酸化炭素)モニターを使って、CO2の濃度が800ppmを超えたら換気するようにしています」(谷口先生)
まずは換気の重要性を理解し、定期的な換気を心がけることが大切です。室内の二酸化炭素濃度を測定する機器(CO2モニター)は、換気の効果を客観的に評価する一つの方法として注目されています。こうした機器の使用は、個々の状況や環境次第では適切な換気のタイミングの判断に役立つ可能性があります。
食事の前にダイニングテーブルの表面をアルコール製剤などで拭く「消毒」や、まな板や包丁などの調理器具の消毒も忘れずに行いましょう。冬に流行する下痢などの急性胃腸炎症状を引き起こすノロウイルスは特に感染力が強いので、感染者が吐いた後などはしっかり消毒することが大切。ドアノブなども感染経路になるので消毒しましょう。ただし、ノロウイルスは、アルコールでは除菌できないので注意が必要です。吐瀉物などの汚物は素手で触らず、塩素系漂白剤(次亜塩素酸ナトリウム)で拭き取り、衣類についた場合には塩素系漂白剤や熱湯(85度以上、1分以上)での消毒が必要になります。
「新型コロナはドアノブなどの“モノの表面”から感染することはあまりないといわれますが、一般的な感染対策として消毒は有効です」(谷口先生)
こうした感染対策の基本は、感染を防ぐ上で大切ですが、やりすぎると“負”の側面があることもわかってきました。先に触れたように、2024年に入って多くの感染症が流行している背景には、数年間にわたるコロナ禍での生活の影響も指摘されています。外出を控え、他人との接触を避けていた結果、他のウイルスや細菌と触れる機会も減り、免疫力が低下した可能性があるからです。
在宅勤務が広がった結果、運動不足になる人も増えました。フルマラソンなど体への負荷が大きい激しい運動をすると免疫力が低下することが知られていますが、一方で運動不足もやはり免疫力を低下させます※3。「高度肥満の人は新型コロナの重症化リスクが高いことが知られていますが、運動不足による肥満も影響する可能性があります。いずれにせよ、免疫を落とさないためには、毎日の生活の中で適度な運動をすることが重要です」(谷口先生)
加えて、外出の機会が減ることで太陽の光を浴びないリスクも指摘されています。皮膚に紫外線が当たるとビタミンDが合成されますが、家に引きこもりがちになると日光に当たらないため、免疫維持に欠かせないビタミンDの合成量も減ってしまうからです。米国で約20万人のデータを分析した研究で、ビタミンD血中濃度が欠乏域の人たちは、適正域濃度の人たちに比べて、新型コロナの感染率が54%高かったという結果も出ています※4。
2023年秋から、劇症型溶血性レンサ球菌感染症が急増しています。国立感染症研究所によると、2023年の患者数は過去最高の941人。2024年は6月の時点で1000人を超え、今なお勢いは衰えず、年末には2000人に達しそうなペースです。
原因とされる菌はA群溶血性レンサ球菌。体の表面に留まっている分には無害ですが、血液の中に入ると壊死性筋膜炎や多臓器不全を起こします。致死率はなんと30%。手足に壊死を起こすことから「人食いバクテリア」とも呼ばれています。これまで患者はほとんど60代以上の高齢者でしたが、今回の流行では低年齢化し、40~50代で発症する人も増えています。
実は、急増のきっかけは、新型コロナが5類になることで海外との行き来が盛んになったのを受け、国外から毒性の強い溶血性レンサ球菌の変異株が上陸したのが原因ではないかとされています。また、手足口病やプール熱の流行と同様に、コロナ禍の数年間で免疫が低下したせいもあるだろうとのことです。
風邪やインフルエンザ、新型コロナの症状はよく似ています。そのため症状から見分けるのは難しいですが、新型コロナやインフルエンザなら必ず医療機関を受診しなければいけないというわけではありません。若くて持病のない人であれば、新型コロナだったとしても家で安静にしていればよいケースが少なくないといいます。
「新型コロナが5類感染症になった今、特に重症化リスクがない人が病院に行っても、解熱剤など対症療法の薬が出されることがほとんどです。つまり一般の風邪と同じ対応です。風邪ではなく、新型コロナやインフルエンザだったとしても、高熱が続くなどのつらい症状でなければ自宅療養でも構わないでしょう」(谷口先生)
ただし、それは若くて健康な人の場合です。感染したときに重症化するリスクが高い人は、それほど症状がひどくなくても受診した方が安心です。では、コロナの重症化リスクが高いのはどんな人でしょうか。
まず、「65歳以上の高齢者」。「糖尿病などの基礎疾患を持っている人」、「膠原病など何らかの病気で免疫を抑える薬を服用している人」、「臓器の移植を受けた人」、「妊婦、子ども」。このような人たちは免疫力が低いことが多く、重症化しやすいので早めに医療機関を受診することが大切です。
「医療現場で見ていると、BMI(体格指数)※5が30以上の高度肥満の人が新型コロナにかかると重症化しやすい傾向があります。小学生未満の未就学児も体の免疫システムが未熟なので、高熱が出たときは受診した方がよいでしょう」と谷口先生は指摘します。
実際、国立感染症研究所の調査でも、インフルエンザに罹患したときに重症化して入院するのは乳幼児と高齢者が多いことがわかっています。
5類になって以来マスクをする人は減りましたが、現在も新型コロナの勢いは衰えていません。重症化リスクがある人は人混みではマスクを着けた方がよいでしょう。また、ワクチン接種の重要性について、谷口先生は次のように話します。
新型コロナのワクチンの効果について、谷口先生は次のように強調します。「現在、新型コロナワクチンの接種率が下がり、重症化する人が増えることが懸念されています。しかし、ワクチンには感染予防だけでなく、重症化や後遺症を防ぐ効果があります。後遺症については、4回接種に比べて3回接種は1.4倍後遺症の発生リスクが高かったという海外の報告もあります※6。ワクチンは接種後時間がたつと抗体が少なくなるため、できれば1年に1回、重症化リスクのある人は半年に1回打つことをお勧めします」
マスクの使用や換気、消毒など、新型コロナの流行時に学んだ感染症対策の多くは、ほかの感染症の予防にも効果的です。ただし、それらも過ぎたるはなお及ばざるがごとし。かえって免疫を下げることにならないよう、適度に人と会い、感染リスクが高い場所でマスクの着用や換気を心がける--そんな柔軟な感染症対策がこれからの時代、求められています。