「腸に良い菌」、「腸内細菌が喜ぶエサ」、「菌のリレーをサポートする食べ物」をとろう
2024.4.5 更新
私たちの心身の健康維持に欠かせない「良い腸内環境」。これを保つための“腸活”では、何をすればよいのでしょうか。最も重要なのが食事です。まずは前編でも紹介したように腸内細菌を養うためのエサである食物繊維をとること。腸に刺激を与える菌をとることも有効です。さらに、適度な運動や腸マッサージなど食事以外のケアも意識しましょう。後編では、上手に“腸活”するための具体的な方法を紹介します。
腸活の基本は食事ですが、そのポイントは何でしょうか。
「口に入れるものが変われば、腸内細菌に変化が起きます。すると体調も良くなって、体質も改善されていきます。良い腸内環境作りを成功させるには、『良い菌を増やすこと』、『菌同士の働きをスムーズにさせる食べ物をとること』、『良い菌をとること』の3つが欠かせません」と国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 ヘルス・メディカル微生物研究センターセンター長の國澤純先生は強調します。
それぞれについて、するべきこと、その働きなどをまとめると、下の表のようになります。
前編でも触れたように良い菌たちの元気を保ち、数を増やすためには、エサとなる食物繊維をしっかりとることが大切。オリゴ糖も同様の働きをします。また、腸内細菌が食物繊維を糖に分解する際にはビタミンB1が必要ですし、表に挙げたビタミン類も腸内細菌を助けるために欠かせない栄養素です。これらを含む食品を覚えておきましょう。
ヨーグルトで知られる乳酸菌などの健康に貢献する菌をとることも腸内細菌叢(腸内フローラ)の刺激になります。菌もそれが入った市販商品も種類はたくさんありますが、とり方のコツはどこにあるのでしょうか。
「腸内での菌のリレーを意識して、納豆菌を代表とする糖化菌やいろいろな種類の乳酸菌、ビフィズス菌を継続的にとることです。もちろん全部を一度の食事でとるのは大変ですから、複数回の食事で違う食品を選んでみてはいかがでしょう」と國澤純先生。
便秘を防ぐという観点からは、十分な水分摂取も重要です。特に起床時の水分摂取は、腸を刺激して便通に好影響を与えてくれます。
では、順を追って腸内環境の健康維持に必要な食品を見ていきましょう。
まずは、食物繊維やオリゴ糖といった腸内細菌が喜ぶエサについて。こうした菌のエサを“プレバイオティクス”といいます。ちなみに、有用な菌そのもののことを“プロバイオティクス”、有用菌の代謝物のことを“ポストバイオティクス”といいます。
食物繊維は、「ヒトの消化酵素で分解されない食べ物の総体」と定義されてきたので、長らく「食べ物の残りカスで便のもとになるくらいの役割」だとされてきました。しかし、ここ20年ほどの間に食物繊維が腸内細菌の大切なエネルギー源で、ヒトには分解できなくても、共生関係にある細菌が分解、代謝してくれることで私たちの健康に寄与していることが明らかになってきたのです。
「食物繊維は、直接それをエサにする糖化菌だけでなく、その後に続くリレー選手である乳酸菌やビフィズス菌、日本人の代謝改善菌であるブラウティア菌などを増やすために必要です。これらの菌が増えれば腸の中で短鎖脂肪酸が作られて、腸内環境が良くなります」と國澤先生。
食物繊維には水に溶けにくい不溶性食物繊維と、水に溶けやすい水溶性食物繊維があります。不溶性食物繊維は一般に野菜や未精製の穀物などに広く含まれ、含有量が多い食材には、キャベツやほうれん草、キノコなどがあります。便のもとになって便通改善に役立ったり、腸壁を刺激して腸の上皮を守る粘液分泌を増やしたりしますが、硬いので腸内の良い菌たちのエサにはなりにくい食物繊維です。
一方、水溶性食物繊維は直接、腸の菌たちのエサになります。しかし、多く含まれる食材は比較的少なめ。大麦やオートミール、海藻を積極的に食べる必要があります。ちなみに、ゴボウや納豆などは、不溶性と水溶性の食物繊維をバランスよく含みます。
食物繊維摂取量を増やすには、例えば、まず毎日のご飯に玄米や大麦、雑穀を混ぜてみる、白いパンを胚芽パンに変えることから始めてみてはいかがでしょう。つまり、食べる回数も量も多い主食を食物繊維リッチな穀物に替えるわけです。味噌汁の具には食物繊維の多い海藻や根菜、キノコを入れるのも良いでしょう。ワカメや切り干し大根などは乾物として常備できるので利便性も高いです。
また、発酵食品と同じように、一つの食材ばかりを食べるのではなく、いろいろな食材を食べることも大事だと國澤先生は指摘します。
「水溶性食物繊維の多い食材を意識しすぎて特定の食材ばかり食べる人がいますが、それでは特定の菌しか増えない可能性があります。腸内細菌の多様性を高めるには、いろいろな食材から多様な栄養をとることが重要です」(國澤先生)
腸内細菌のエサになり腸内細菌を増やすのは、食物繊維ばかりではありません。糖が2~10個ほど結びついたオリゴ糖もその一つです。ゴボウやタマネギなどに多く含まれますが、甘味料としても売られているので、砂糖代わりに使う方法もあります。また難消化性でんぷん(レジスタントスターチ)という小腸では分解されずに大腸まで届いて腸内細菌のエサになるものもあり、それらは全粒粉などの精製度の低い穀物や、おにぎりなどの冷えたご飯などに多く含まれます。
腸内細菌にエサを届けるという意味では、3食すべてで食物繊維量を増やしたいところです。けれども、外食が多いなど、食材の種類や量を調整するのが難しい人は、朝食だけでも食物繊維リッチになるよう意識しましょう。
「1日の食物繊維量摂取の目標量は成人男性で21g、女性で18g。キャベツ1玉以上なので、生で食べるのは大変ですが、煮たり焼いたりすれば食べやすくなります。私は毎朝ミキサーで野菜ジュースを作って飲んでいます。それも難しいという場合は、ドラッグストアやスーパーなどで購入できるオリゴ糖入りの甘味料などを利用するのも一法です」と横浜市立大学大学院医学研究科肝胆膵消化器病学教室主任教授の中島淳先生はアドバイスします。
次に、腸にいる菌たちのためには食物繊維、オリゴ糖というエサだけでなく有用な成分をしっかり作ってもらうための潤滑油になる成分も必要です。
その一つが「ビタミンB1」です。ビタミンB1は、糖化菌が食物繊維を糖に分解する際に必要な微量栄養素です。また、酪酸を作る菌の中には自分でビタミンB1を作ることができない菌がいるため、食事からビタミンB1を補給することが大切です。つまり、ビタミンB1不足だと、糖化が十分に進まず、さらに酪酸を作る菌も減ってしまいますので、腸内細菌のリレーが成り立たなくなってしまいます。
「腸内細菌の中にはビタミンB1を作るものもいますが、十分な量を確保するためには、豚肉や大豆、玄米、ゴマ、うなぎなどのビタミンB1豊富な食材をとると良いでしょう。玄米おにぎりと納豆という組み合わせなら、コンビニでも簡単に調達できます」(國澤先生)
ビタミンB1以外にも、腸内環境の健康維持に必要な微量栄養素としてはビタミンB3(ナイアシン)やビタミンDもあります。腸内細菌の数や種類を増やしてくれます。腸内環境を守り、細菌たちに元気に働いてもらうためにも、食物繊維をしっかりとることはもちろん、多様な食材をとるようにすることが基本といえそうです。
何回か登場した短鎖脂肪酸も含め、腸内細菌がエサを食べて作り出す、有用な代謝物のことをポストバイオティクスといいます。
腸内細菌が作る注目のポストバイオティクスの一つに、エクオールという物質があります。これは、女性ホルモンに似た作用があるといわれる大豆イソフラボンが腸内細菌によって代謝されてできる物質です。大豆イソフラボンはエクオールという形になると、よりパワフルな女性ホルモン様作用を発揮するのです。
ところが、「大豆イソフラボンを代謝する腸内細菌が少ない人も多く、そういった人の場合、せっかく大豆を食べても十分にその力を利用できないケースもあることがわかっています」(國澤先生)
同様のことが油でもあるといいます。
「魚などに多いオメガ3系脂肪酸にはアレルギー抑制作用があるという報告があります。その一つの仕組みが、オメガ3系脂肪酸の一つであるα-リノレン酸が腸内細菌に代謝されてできる物質によるものであることを確認しました。
α-リノレン酸はエゴマ油やアマニ油に含まれます。このように、有用な物質が体内で作られるかどうかは、それを作る腸内細菌の働きにかかっているということです」と國澤先生。
こうした特定の成分を代謝してくれる腸内細菌を食品からとるのは難しいのが現状です。だからこそ、食物繊維やサポート栄養素をとって、腸にいる菌たちを増やすことで、活発に働いてもらう必要があるのです。
ヨーグルトや発酵飲料、納豆などの中に含まれる“良い菌”たちも腸を整えるのに役立ちます。この分野では、便秘や下痢の抑制、睡眠改善やストレス緩和、免疫機能の調整といった機能が、それぞれの菌ごとで盛んに研究されています。
「良い菌としては、ビフィズス菌や、乳酸菌、糖化菌、酢酸菌、酪酸菌などが知られています。こうした菌を摂取する方法としては様々な発酵食品を食べることをおすすめします。
その際には、どんな菌がどんな機能を持っているのかをチェックし、ご自分の目的に合わせて試してみてはいかがでしょう。機能性表示食品になっている商品では、中に含まれている菌が持つ機能が商品パッケージに表示されています」と國澤先生。
中島先生は、「よくヨーグルトなどで乳酸菌やビフィズス菌を補いましょうといわれますが、特に中高年以降はビフィズス菌が急速に減ってしまうので、ビフィズス菌または腸内環境を整える乳酸菌をとるのは理にかなっているのです」と話します。
では、どんな食品から良い菌たちをとったらよいのでしょうか。
よく知られている乳酸菌やビフィズス菌は、ヨーグルトやキムチ、ぬか漬け、チーズなどからとれます。
「市販されているヨーグルトに入っている乳酸菌は多種多様です。とり方のコツはなるべく同じものばかりを選ばないようにすることです。そうすれば、いろいろな種類の菌をとれます」と中島先生。
糖化菌には、納豆菌や酵母、麹菌があります。納豆のほか、大豆や穀物を麹菌などで発酵させた味噌や醤油、酵母を使って熟成させるかつお節や塩辛からとることができます。納豆なども商品によって使われている菌が違うので、いろいろな種類を楽しみながら食べると良いでしょう。
「大切なのは、継続的に食べることです。食品やサプリメントからとる菌の多くは“通過菌”といわれ、基本的に腸内に定着することはなく、せいぜい3日から2週間です。だからこそ、常に新たな菌を補う必要があるのです」(國澤先生)。
便秘は体内水分量の低下、つまり脱水も関係しています。
「脱水状態になると体は腸の中にある水分を一生懸命吸収して帳尻を合わせようとするので、ウンチが硬く小さくなります。本来、肛門付近のセンサーが便をキャッチすると便意を催しますが、小さくなった便にはセンサーが感知しにくくなってしまいます。その結果、便秘になりやすくなるのです。
年を取ると食べる量が減るだけでなく体内の水分量も低下します。高齢者が便秘になりやすいのは、こうしたことも一因だと考えられています」と中島先生。
便秘をしないためには1日に1~1.5リットルの十分な水分をとることが大切です。
「特に起床直後は体が脱水状態にあるので、朝コップ1杯の水を飲むのがおすすめです。それにより腸が動きやすくなるという人もいるようです」(中島先生)
高齢者の場合、夜間トイレに行きたくなって目を覚ましてしまうのを避けるため、寝る前の水分摂取を控える人も多いようですが、便秘を防ぐには寝起きに水分をしっかりとる習慣をつけるのがよさそうです。
最初に触れたように、腸内環境を整えるには食事だけでなく、運動や睡眠も重要です。
特に運動不足は便秘を招きやすく、その背景には自律神経が関係しているといいます。「腸の動きは自律神経によってコントロールされています。自律神経には血圧や心拍数を増加させる交感神経と、リラックス効果をもたらす副交感神経があり、運動で交感神経優位になると腸は動きを止めてしまいます。
では、なぜ運動が便秘改善に良いかというと、運動をやめたときに交感神経優位から副交感神経優位に切り替わり、その落差で腸が動きやすくなるからです。ヨガの呼吸法で腸の動きが改善したという報告もあるようですが、それも副交感神経優位になることと関係しているのではないでしょうか」と中島先生は説明します。
「便秘予防のためにどれくらいの運動が必要かという明確なデータはありませんが、毎日30分程度歩くか、週に1~2回の有酸素運動を行うのが良いでしょう。また、高齢になって腹筋が薄くなってしまい、排便時に腹圧をかけられなくなってしまう人が結構いるのですが、そういう人は有酸素運動だけでなく筋トレも取り入れることをおすすめします。若くても、筋肉量が少ない女性の場合では、同じように筋トレが有効な場合があります。
インターネットで『骨盤底筋体操』などのワードを入れて調べてみると、運動法が紹介されていますから、ご自分の体力に合ったものを探してください」(中島先生)
また、腸の動きを良くする方法の一つとして、お腹のマッサージもあります。おへそを中心に「の」の字を書くように時計回りに気持ち良い程度にマッサージする方法です。
腸内環境には睡眠も関係します。一時的な睡眠時間の短縮が腸内細菌叢に影響を与えることはないといいますが、4時間睡眠の人と8時間睡眠の人では腸内細菌の構成比率が大きく異なり、4時間睡眠の人では糖を処理する能力が低下するなど病気のリスクが高まるという報告があります※1。
また、睡眠が足りないと腸内に入ってくる病原菌などを排除する抗菌成分を分泌する能力が低下するという研究※2があります。腸内細菌にとっても、睡眠不足は大敵ということです。
「このように食事や水分摂取、運動に睡眠と、日々の生活の中のちょっとした工夫で腸の劣化のスピードがある程度抑えられる可能性があります。
また腸内環境の悪化を招く便秘は放置せず、早めに必要な薬物治療をすることも重要です。お通じの回数が週3回未満、強くいきまないと便が出ない、出てもすっきりしないという場合は一度医療機関を受診してみてください」と中島先生。
感染防御やアレルギー、美肌、肥満、生活習慣病、認知症など、心と体の健康の要である腸。この腸に“気持ちよく”働いてもらう“腸活”のためにも、食事や運動、睡眠という生活の基本を整えていきましょう。