美肌、免疫、ダイエットからメンタルまでに深くかかわる“腸”の秘密
2024.4.5 更新
最近注目されている“腸”。腸に関心が高まっているのには訳があります。腸はかつて、食べ物を消化吸収して排泄するための器官と思われていましたが、そのほかにも様々な役割を果たしていることがわかってきたのです。例えば感染の防御やアレルギーの抑制といった免疫の維持に関する働き。他にも、肌荒れ、肥満、生活習慣病、認知症やうつ病といった不調・疾患のリスク低下にも重要な役割を果たしています。今回は、読めば腸が健康の要だと納得できる、次々に明らかになっている腸の機能と底力について説明します。
最近、“腸活”で注目を集めている腸の働きですが、“健康な腸”とはどのような状態かご存じでしょうか。腸の健康に大きく関わるのは、「腸自体の機能」と、「腸内細菌」です。
腸自体には、主に次に挙げるような機能があります。
などです。
健康な腸内には、多種多様な菌がいて、それらが助け合い、あたかもリレーをするようにヒトに有益な成分を作り出し、有害な菌が増えないようにしています。
特に膨大な数の菌が住むのが大腸。約1000種類、100兆個にも及ぶ菌がいます。大腸にはほとんど酸素がないので、酸素嫌いなビフィズス菌などが多くいます。
一方、空気(酸素)が存在しやすい小腸にいる菌は大腸ほど多くはありませんが、酸素があっても生きられる乳酸菌などがいます。このように、まるでお花畑(フローラ)のようにいろいろな菌がいる腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう)を“腸内フローラ”と呼ぶこともあります。
また、腸内細菌が作り出す成分で近年注目を集めているのが「短鎖脂肪酸」です。
私たちの身近にあるお酢の成分である酢酸や、酪酸、プロピオン酸などがあります。これらは、腸内環境を整えるばかりでなく、全身の健康に寄与することがわかってきました。
そして、これらの腸内細菌を健康にするために欠かせないのが、エサとなる食物繊維です。
このように、腸自体と腸内細菌たちが連携をとって正常に機能している状態が、“健康な腸”なのです。
では、腸が健康かどうかは、どのようにチェックすればよいでしょうか。腸の健康を大きく左右するのが、生活習慣です。まずは下記のチェックをしてみましょう。
「腸の健康を考える上で大事なチェックポイントの一つが、“便秘かどうか”ということです」と横浜市立大学大学院医学研究科肝胆膵消化器病学教室主任教授の中島淳先生は話します。
「たかが便秘と思うかもしれませんが、便は本来“出す”ものではなく“出る”もの。それなのに便が出ないということは、腸そのものの動きが悪くなっているということなのです」(中島先生)。
その上で、たくさんの便秘患者を診てきた中島先生は、上記のチェックリストのような生活習慣がある人では便秘が起こりやすく、腸内環境が悪化している可能性が高いと指摘します。
「便秘のない人が排便にかける時間は1分程度なので、トイレに10分も20分もこもっていきみ続けているのは、便を"出している"状態で、腸の動きが悪くなっている可能性が高いわけです」(中島先生)
“いきむ”ことも体にとって危険です。血圧が上がり、全身の血管や心臓へ大きな負担がかかるからです。
「排便時にいきむと収縮期血圧が280mmHgくらいまで一気に上がってしまうことがあります。トイレで脳卒中を起こす方も少なくありません。脳卒中予防の観点からも、便秘の予防・解消が必要だということです」と中島先生はアドバイスします。
排便頻度が4日に1回以下の人は、1日1回以上の人に比べて循環器疾患で死亡するリスクが約1.4倍高い※1という報告もあります。
中島先生の研究グループが約2万人を対象に行った調査によると、慢性便秘患者約2600人の約6割に便意が起こらないことがわかったといいます※2。
「通常の排便では、肛門の手前の直腸に便が溜まったことを感じるセンサーがあり、便意を催す仕組みになっています。
けれども、せっかく便意を感じたときにがまんしてしまうと、大腸の中にとどまってしまった便の水分は吸収されて便が小さくなるため、センサーが反応しなくなり、排便のタイミングを逃してしまうのです。
実は小児で便秘が爆発的に増えているのですが、おそらくその原因の一つは、通学時や授業中にトイレに行きたくてもがまんする習慣がついてしまったことが関係していると考えられます」と中島先生。
便秘にならず、正常な便通がある日々を送るためには、上のチェックリストにある食事関連の項目に加え、睡眠・運動などの生活習慣も整える必要があります。
例えば、食事面で特に意識したいこととして、“十分な量の食物繊維をとること”が挙げられます。食物繊維は排出しやすい“しっかりした便”の材料になり、また腸に住む多種多様な腸内細菌たちのエサでもあるからです。
実際に、腸内細菌が食物繊維をエサにして作り出す成分が私たちの健康維持に大きな役割を果たしていることがわかってきています。細菌たちは、ヒトが作り出せないビタミンなども作ってくれますが、昨今特に注目を集めているのが「短鎖脂肪酸」という物質です。お酢の成分でもある酢酸や、酪酸、プロピオン酸といった種類があります。これらは、腸内環境を整えるばかりでなく、全身の健康にも寄与していることがわかってきました。
国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 ヘルス・メディカル微生物研究センターセンター長の國澤純先生は、「腸内細菌とヒトは互いに助け合っている共生関係にあり、この関係の良し悪しが私たちの健康に影響を与えているのです」と説明します。
腸内細菌とヒトがお互いに健康に過ごせる良い関係でい続けるために重要な役割を果たしているのが食物繊維です。一方、食物繊維が不足し、たんぱく質や脂肪が多い偏った食事は、有害な物質を作る細菌たちを元気にしてしまうこともあります。
「例えば、たんぱく質が分解されてできるある種のアミノ酸が、腸内細菌によって有害なインドールやトリメチルアミンという物質になることがあります。これらの有害物質が体内に吸収され、さらに肝臓で代謝されると、腎機能を低下させる“腎毒素”と呼ばれる物質ができてしまうのです。
定期的な排便があれば、有害物質に変化する代謝物が作られても便として次々と排出できますが、便秘が続くと有害物質が体内に吸収されることになってしまいます」(中島先生)
<大切な腸の役割を知ろう>
ここからは、腸の状態が私たちの健康にどれだけ大きな影響を与えているかを見ていきましょう。最初に、新型コロナウイルス感染症の流行もあり、関心が高まっている免疫との関係です。
「腸の最も大きな役割の一つが、免疫器官としての働きです。実は、腸には全身の半分以上の免疫細胞が集まっているのです」と國澤先生。
例えば食中毒の原因になる細菌など、食べ物などと一緒に本来は体内に入ってほしくないものも入ってきますが、それらの侵入を防ぐのも腸の役割です。
「それと同時に、免疫細胞を鍛える役割も腸が担っています。免疫細胞が腸でどのような教育を受けるかによって、ウイルスなどが入ってきたときに速やかに防御できるかどうかが決まります。一方、免疫の過剰反応の一つとして起こる炎症は、様々な不調や病気を招きますが、これにも腸が深く関わっています。腸内環境がアレルギーや炎症の抑制などにも影響するといわれています」(國澤先生)
腸内細菌の働き次第で、アレルギーや炎症を防いだり、軽減したりできることもわかってきました。
例えば、腸内細菌が作る短鎖脂肪酸と呼ばれる物質の一つである「酪酸」が大腸内で増えると、アレルギーを引き起こす免疫の暴走を防ぐ調整役の免疫細胞(制御性T細胞(Treg細胞))が増えます。
「私たちの研究では、腸内細菌による脂質の代謝で、食品成分からアレルギーや炎症を抑える物質が作られることも確認されています」と國澤先生。
“健康に良い”といわれるアマニ油やエゴマ油に含まれるオメガ3系脂肪酸の一種であるα-リノレン酸は、EPA(エイコサペンタエン酸)やDHA(ドコサヘキサエン酸)になって使われるほか、腸内細菌によってさらに様々な形に変換されます。こうしてできる物質の中に炎症を抑え、アレルギーの発症抑制にも関連するものがあるといいます。
「アレルギー物質に過敏な人でも、腸内に炎症抑制物質を産生できる腸内細菌を持っていれば、アレルギーを発症せずに過ごせる可能性があるのです」と國澤先生。
「近年の腸内細菌研究の中でも世間に大きな驚きをもたらしたのが、太りやすさ、やせやすさを決める要因の一つが腸内細菌かもしれないという研究報告です」と國澤先生。
きっかけになったのは、肥満の人の腸内細菌をやせたマウスに移植したところ、食事量や運動量が変わらないのにマウスが太ったという研究※3。
これを起点に腸内細菌と肥満や病気の関連についての研究が国内外で進み、「デブ菌」「やせ菌」という言葉が生まれ、アッカーマンシアという菌が「やせ菌」だとして注目されました。
「しかし、海外の研究で話題になったアッカーマンシア菌を腸内に持つ日本人は少なく、日本人の体質とは必ずしも結びつかないと考えられます。そのため私たちのグループでは、日本人ではどのような菌が肥満や病気に関連するかを調べてみました。その結果、ブラウティア菌の一種(Blautia wexlerae)が多いほど肥満や糖尿病を予防、改善できる可能性があることがわかりました※4」と國澤先生は説明します。
「ブラウティア菌は短鎖脂肪酸やオルニチンなど、ヒトの脂質代謝を促進するような物質を作ります。こうした代謝物質は腸管から体内に吸収され、血液に乗って全身をめぐって働きます」(國澤先生)
最近、腸活のキーワードとしても注目されているのが、腸内細菌が作り出す「短鎖脂肪酸」です。酢酸、酪酸、プロピオン酸など多くのものがありますが、腸の中だけでなく、体全体の健康にも大きく関わることがわかっています。
例えば、脂肪細胞に働きかけて脂肪細胞への栄養の取り込みを阻止する作用や、過剰な脂肪を溜め込みにくくして肥満の抑制につながる働きなどです。
短鎖脂肪酸は、腸の細胞のエネルギー源にもなって、腸を元気にするとともに、腸内を酸性にして病原性のある大腸菌などが生息しにくい環境を作ることも知られています。
便秘になると肌の調子が悪くなるなど、腸の状態が肌の状態にも影響すると感じている人は少なくないのではないでしょうか。実際、排便状況と肌の状態について、これまでに多くの報告があります。
例えば、600人の日本人女性を対象にした調査では、便秘や悪臭のある便など排便に問題がある人は、そうでない人に比べて乾燥肌や肌荒れ、肌の黒ずみ、ニキビが多くなっていました※5。
これは、便秘などで腸内環境が悪化して腸内で発生する物質が増えたためと考えられます。
また、ニキビが多い人で増えている腸内細菌がいることもわかってきています※6。
逆に、腸内で短鎖脂肪酸がきちんと作られていると肌の細胞の代謝が良くなり、肌のバリア機能が強化されるという報告もあります※7。
さらに、國澤先生は、腸の状態の悪さは肌の老化にまでつながるといいます。
「腸は免疫細胞の教育機関です。そのため腸内環境が悪化し、免疫細胞の教育が不十分で暴走状態になってしまうと、コラーゲンやエラスチンといった肌の弾力を担う成分を壊す酵素が作られてしまうのです」(國澤先生)
糖尿病や高血圧などの生活習慣病にも腸内細菌が関わっているようです。
「ある種の腸内細菌が代謝を正常にし、血糖値を下げるように働くことがわかってきました。先に挙げたブラウティア菌も、腸内で短鎖脂肪酸を増やすなどの働きで、糖尿病の症状抑制に寄与することがわかりました※8」と國澤先生。
また、腸内細菌の数や多様性が激減している人、ある種の腸内細菌が多い人では高血圧のリスクが高いという報告※9や、腸内細菌由来の毒素が心血管疾患と密接に関連しているという報告※10など、生活習慣病と腸内細菌の密接な関係を示す報告が相次いでいます。
「脳腸相関」という言葉を耳にしたことがある方がいるかもしれません。これは、腸と脳が互いに密接に影響し合い、腸が変われば脳が変わり、脳が変われば腸も変わる可能性があるという考え方です。まだわからないことも多いのですが、認知機能や神経系の病気にも腸内細菌が関わっている可能性が指摘されています。
日本人を対象にした研究によると、排便頻度が少なく、便が硬い人ほど認知症リスクが高く※11、便秘がある人ではない人に比べて認知症の進行スピードが2.7倍速くなる※12という報告があります。
「便秘がどのようなメカニズムで認知症に関連するのかについてはまだ明らかにはなっていません。しかし、様々な報告が続くことを踏まえると、腸内細菌の乱れと関連する便秘は、ただの不快感やお腹の張りといった問題だけではなく、心身の健康につながる重大な要因でもあるといえるでしょう」と中島先生は話します。
ここまで、腸内環境が良い状態が私たちの全身の健康にいかに大きな影響を与えるかについて説明してきました。
「腸内細菌の種類や数は人によって異なりますが、良い腸内環境には、腸内細菌のダイバーシティ(多様性)が大事です。
よく善玉菌、悪玉菌といわれることから、ビフィズス菌のように特定の有用な菌が多いほど腸が健康だと思うかもしれません。しかし一つの菌にできることは限られており、それだけでは不十分です」と國澤先生。
「例えば、腸内細菌は私たちが食べた食物繊維から、体に有益な短鎖脂肪酸を作り出しますが、そのためには複数の菌がリレーをするように働く必要があるのです。第一走者である『糖化菌』といわれる菌(納豆菌など)が食物繊維を糖にし、第二走者である『ビフィズス菌や乳酸菌など』がそれを酢酸や乳酸にし、さらにそれを別の腸内細菌が酪酸やプロピオン酸にするという具合です」(國澤先生)
このようにして、私たちの健康に寄与する酢酸や酪酸などの短鎖脂肪酸が作られていくわけです。
腸そのものを健康にし、多種多様な腸内細菌叢を作るには、日ごろの生活習慣が重要です。後編では、食物繊維のとり方をはじめ、“腸活”のための食事や運動の方法を紹介します。