5人に1人が睡眠不足。あなたの睡眠は大丈夫?
2021.08.06 更新
厚生労働省の調査によれば、日本人の約4割の睡眠時間は6時間未満。さらに、5人に1人は「睡眠の質に満足できない」と感じていました※1。テレビやスマートフォンを見ての夜更かしや、夜遅くまでの勉強・仕事などによって慢性的な寝不足や睡眠の乱れを招くと、様々な生活習慣病や循環器疾患、うつ、認知症、免疫力の低下のリスクを上げることがわかっています。また、深夜まで頑張っても、寝不足だと日中の脳の働きや仕事の効率が低下し、本末転倒になりかねません。「睡眠」の重要性について見直してみましょう。
令和元年「国民健康・栄養調査」(厚生労働省)によると、男性の37.5%、女性の40.6%の睡眠時間は6時間未満。また、「睡眠全体の質に満足できなかった」人の割合は男性 21.6%、女性22.0%。「日中、眠気を感じた」人も男性32.3%、女性36.9%と、睡眠に不満を持つ人が多い現状が明らかになっています。
睡眠確保の妨げとなる理由として、20代では「就寝前に携帯電話、メール、ゲームなどに熱中すること」、30~40代男性では「仕事」、30代女性では「育児」と回答した人の割合が高く、睡眠は各年代におけるライフスタイルの影響を強く受けており、睡眠問題の改善が一筋縄ではいかない背景が見えてきます※1。
そもそも、眠りはどうして必要なのでしょうか。
青山・表参道睡眠ストレスクリニック院長の中村真樹先生は「睡眠には、記憶の整理のほか、脳や体の疲れをとり、体の成長を促し、傷ついた細胞を修復するという大切な役割があります」と説明します(図)。
「睡眠にはサイクルがあり、大脳を休める"ノンレム睡眠"と夢を見る浅い睡眠の"レム睡眠"とが約90分周期で繰り返されます。また、さらにノンレム睡眠の中にも非常に深い眠りと比較的浅い眠りがありますが、特に、深いノンレム睡眠時は、脳の疲労が回復されるとともに、筋肉や骨を発達させたり傷の修復を促したりする成長ホルモンがさかんに分泌されています」(中村先生)。
睡眠は私たちの心身の健康を支える大切な仕組みですが、現代人はついつい睡眠をおろそかにしがちです。「睡眠は我慢すれば削れるものですが、生命活動において睡眠が不要なら、進化の過程でなくなるか、もっと短くなったはずです。人間には、寝なければいけない理由があるのです」(中村先生)。
生きるために欠かせない睡眠。では、「良い睡眠」とはどのようなものをいうのでしょう。
「『睡眠時間が短くても、睡眠の質を上げればいい』と思うかもしれませんが、医学的、生物学的に見ると、睡眠には3つの条件がそろうことが必要です。その条件が、十分な睡眠時間(量)、安定した眠り(質)、規則正しい睡眠(リズムまたはタイミング)です。いずれか一つでも欠ければ睡眠は乱れ、健康に影響が出てきます」(中村先生)。
十分な睡眠時間がとれているかどうか。睡眠の"量"は、最も大事な条件です。「全米睡眠財団が推奨する睡眠時間は、年齢ごとに異なりますが、就学・労働世代の15~65歳では8時間前後の睡眠時間が理想的とされています※2」(中村先生)。ところが、我が国の30~50代男性、40~50代女性では睡眠時間が6時間未満の人が5割前後と、睡眠不足の人がとても多いのが現実です※1。
※2 Sleep Health. 2015 Mar;1(1):40-43.
良い睡眠のためには、睡眠の"質"も重要です。寝付きが悪い、夜中にたびたび目が覚める、といった「不眠」や、寝ている間に呼吸が止まる「睡眠時無呼吸症候群」、寝ているときに脚に不快感が生じる「むずむず脚症候群」といった病気が潜んでいると睡眠の質は低下します。
人間の体には、体温やホルモンの分泌、自律神経の働きを変動させて休息モードと活動モードを切り替え、体のリズムを作るシステムが備わっています。それを司るのが体内時計です。ところがこの体内時計は放っておくと約24時間より少しだけ長いサイクルを刻むため、1日のサイクルとのずれが生じてしまいます。このずれをリセットするのが、朝の光です。しかし、夜更かしなどで起床時間が遅くなってリセットのタイミングがずれると、睡眠と覚醒のリズムが乱れる「概日リズム睡眠障害」を起こします。「コロナ下では、こうしたリズムの乱れを起こす人が増えました」と睡眠総合ケアクリニック代々木理事長の井上雄一先生は指摘します。
また、「最近注目を集めているのが『ソーシャル・ジェットラグ(社会的時差ぼけ)』です。ソーシャル・ジェットラグとは、週末に平日より長く寝てしまうことで睡眠のリズムが後ろにずれ、あたかも海外旅行のときの時差ぼけのような状態になることをいいます。就寝時間と起床時間の真ん中の時刻が平日と休日で2時間以上あるとソーシャル・ジェットラグを起こしやすくなります。ソーシャル・ジェットラグでは体内時計がずれるので、翌週の前半の眠気や疲労感が強くなってしまいます。なるべくリズムを乱さないような生活を心がけましょう」と井上先生はアドバイスします。
あなたの睡眠の3条件はどうでしょうか? チェックしてみましょう。
「新型コロナウイルス感染症の拡大によって睡眠に新たな問題が生まれています」と井上先生は指摘します。井上先生は、コロナ下の睡眠を調査する世界的研究チーム、国際COVID-19睡眠研究(ICOSS)のメンバーです。
「自然災害などのいわゆるクライシス(危機状況)が起こったときには、ストレスなどから睡眠障害に悩む人が増えることが知られています。新型コロナウイルス感染症のまん延も危機という意味では同じですが、ストレスのかかり方が違います。強いストレスが短期間にかかるのではなく、緩いストレスが長期間かかり続けるのです。感染への不安はもちろんのこと、雇用不安、経済不安などがボディーブローのように効いてきます。さらに、ライフスタイルの変化による"夜型化"も睡眠を乱す大きな要因です。ステイホームによるオンライン授業やリモートワークによって生活が不規則になり、就寝時間・起床時間が後ろにずれる人が増えました。夜遅くまでスマートフォンやパソコンの画面を見てブルーライトを浴びることも、睡眠のリズムを乱す要因です」(井上先生)。
この「夜型化」によって起こる睡眠障害を「概日リズム睡眠障害」といいます。
「体内時計のリセットに重要なのが、目から入る光に制御されているメラトニンというホルモンです。メラトニンは朝、目に光が入ると分泌にリセットがかかり、その約14時間後から再び分泌が始まり、夜の自然な眠気を誘います。しかし、夜間にブルーライトを浴びると、メラトニンの分泌が抑えられてしまうのです。その結果睡眠リズムが後退し、朝起きる時間にはまだ体内時計は睡眠モードということに。そこで無理やり起きると、体や脳は眠ったままなので、自律神経のバランスが崩れ、頭痛や耳鳴り、めまい、下痢、倦怠感などの体の不調や、イライラ、集中力や意欲の低下、抑うつ感が起こりやすくなります」(中村先生)。
このようなリズムの乱れによる睡眠障害によって「学校や仕事のリモート状態が解除され、いざ登校、出社できるようになっても睡眠リズムが崩れてしまっているために朝起きられない、という患者さんが増える傾向にあります」(井上先生)。
睡眠不足は免疫力にも影響を及ぼします。風邪をこじらせて肺炎になるリスクは、睡眠時間が5時間未満の人は8時間睡眠の人に比べて1.4倍という報告があります※3。また、睡眠時間が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染リスクにも影響する、という研究も。欧米6カ国の医療従事者2,884人を対象にした調査では、夜間の睡眠時間が1時間長い人では、COVID-19に感染するリスクが12%低く抑えられ、また、睡眠障害のチェックリストに3項目当てはまる人は、該当項目なしの人よりも感染危険度が88%高かった、と報告されました※4。
睡眠障害の中でも、いびきをかき、睡眠中に何度も呼吸が止まる「睡眠時無呼吸症候群(SAS)」の持病がある人は、新型コロナウイルスワクチンの優先接種対象となりました。SASではCOVID-19感染リスクが約8倍高く、重症化(呼吸不全の発症)リスクが2倍になる、という調査報告も※5。「SASでは血液中の酸素量が低下する『低酸素血症』を毎晩・長期間繰り返すため、身体に慢性的な炎症が起こりやすくなることが重症化につながる原因と考えられます」(井上先生)。
また、睡眠の問題はワクチンの効力にも影響を及ぼすようです。インフルエンザワクチン接種後の抗体産生量を比較した研究では、睡眠時間が4時間の人は、8時間の人に比べて作られた抗体量が半分以下だった、という気になる報告もあります※6。「睡眠は全身のメンテナンスの時間です。睡眠時には、免疫機能を高めるいくつかのサイトカインの分泌が促進されます。また、風邪を引いたときや病気に罹ったときにもこれらのサイトカインが分泌されることで眠気がもたらされます。その理由は睡眠によって病気の回復を早めるためなのです」(中村先生)。
病原体から身を守るためにも、睡眠はおろそかにできないのです。
※3 Sleep. 2012 Jan 1; 35(1): 97-101.
※4 bmjnph 2021;0. doi:10.1136/bmjnph-2021-000228.
※5 Sleep Breath. 2021 Jun;25(2):1155-1157.
※6 JAMA. 2002 Sep 25;288(12):1471-2.
睡眠が大切だとわかっていても、勉強や仕事があるのも現実。睡眠時間を削ってでも勉強や仕事をする人は少なくありません。実際、「睡眠は脳や体の疲れをとり、体の修復や回復のために不可欠」でも紹介したように、日本人の約4割の睡眠時間は6時間未満。さらに、「実はOECD加盟国の中でも、日本と韓国は睡眠時間を含む自分のケアに費やす時間が少ない国の1、2位を占めています※7。眠らずに頑張ることを美徳とする考えが根底にあるのかもしれません。しかしその結果、ケアレスミスが増えたり、集中力が低下して勉強や仕事にかかる時間が長くなったり、健康を損なって遅刻や欠席・欠勤が増えるなど、逆に勉強や仕事の効率が悪くなることにつながります。ある企業に勤める約3,000人を対象にした調査では、睡眠不足により仕事効率が40%ダウンしていたという試算もあります。また、米国のシンクタンクであるランド研究所の試算によれば、日本の睡眠不足を原因とした国家レベルの経済損失は年間約15兆円にも上るとされているほどです」(中村先生)。
※7 OECD.Stat 2021.
睡眠が不足しているとき、脳はどのような状態なのでしょうか。
「睡眠不足のときには、意欲や感情の制御、集中力や注意力・判断力などに関わる脳の前頭葉がダメージを受け、脳活動が極端に低下していた、という報告があります※8。睡眠不足になるとやる気が出ず、キレやすくなり、気合いで乗り切ろうとしても実際の作業では作業能率が落ちてしまうと考えられます」(中村先生)。
こうした寝不足と作業効率などとの関係から最近注目されているのが「睡眠負債」です。これは、毎日の1~2時間程度の少しの寝不足が、あたかも借金のようにじわじわと蓄積される状態のことをいいます。例えばグラフのように、1日5時間の睡眠を1週間続けただけでも日中に強い眠気を感じるようになり、日を追うごとに、指定された数字や文字に反応するテストでのケアレスミスが増えてしまうという研究があります。
一方、寝不足が続くと体はその状態に慣れてしまい、逆に眠気を意識しにくくなる"かくれ寝不足"になることも。そうなると、自分では睡眠時間が短くても大丈夫だと思っていても、実際の勉強や仕事のパフォーマンスは落ちてしまうのです。このように、気づかないうちに日中のパフォーマンスを下げることがないようにするには、睡眠負債をためないことが大切です。
※8 PLoS One. 2010 Feb 5;5(2):e9087.
16人の健康な若者の睡眠を4.98時間に制限。1日3回、主観的な眠気と気分を評価し、視覚刺激への反応を測定するテストを行った。その結果、日を追うごとに、テストでのミスが増えた。(データ:Sleep. 1997 Apr;20(4):267-77.をもとに作成)
睡眠不足や睡眠の乱れは、糖尿病や高血圧、脂質異常症などの生活習慣病やうつ、認知症など、様々な病気のリスクになると考えられています。例えば睡眠時間が7~8時間だと、肥満、高血圧、脂質異常症リスクが低くなり、睡眠が短くなるほどこれらの病気のリスクが高まるという報告があります※9。また、睡眠を7~8時間とっている人と比較すると、5時間未満の睡眠の人は糖尿病リスクが2.5倍という報告も※10。
「睡眠不足と肥満や生活習慣病の一因には、食欲を司るホルモンの乱れが関わると考えられます。睡眠時間が短くなるほど、食欲を抑制し満腹感をもたらすレプチンというホルモンの分泌が減少する一方、食欲を高めるグレリンというホルモンが増えます。その結果、必要以上に食べてしまい、肥満になりやすく、生活習慣病のリスクも高まるのです」(中村先生)。残業などで夜遅くまで起きているとお腹がすくのは、食欲ホルモンの乱れによる影響もあるかもしれません。
「生活習慣病で薬物治療をしても改善が見られない患者さんたちの中には、背景に睡眠の問題がある人たちも多くいると見ています」と中村先生。
1,024人のボランティアを対象に、睡眠日誌などによる睡眠時間と血液中の食欲に関わるホルモン値、BMIを計測した。睡眠時間が少ないほどBMIが増加。8時間睡眠の人に比べ5時間睡眠の人は満腹感をもたらすホルモンであるレプチンの量が少なくなり、食欲を高めるホルモンであるグレリンの量が多かった。(データ:PLoS Med. 2004 Dec;1(3):e62.をもとに作成)
うつについては、日本の12~18歳の学生15,637人を対象にした調査があります。睡眠時間と自己申告式の質問票を使用して、睡眠時間とうつ・不安との関係を調べたところ、睡眠時間8時間±30分を基準としたとき、睡眠時間が5時間程度の中学生はその後のうつ発生リスクが3倍以上となっていました※11。
学習や仕事のパフォーマンスを下げ、意欲低下を引き起こし、免疫低下や生活習慣病リスクまで高めてしまう睡眠不足について、私たちは真剣に見直す必要がありそうです。
※9 J Sleep Res. 2007 Mar;16(1):66-76.
※10 Arch Intern Med. 2005 Apr 25;165(8):863-7.
※11 Sleep.2016 Aug 1;39(8):1555-62.
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