「炎症」は体の防御反応。その原因や兆候は?
2024.8.30 更新
痛みや腫れ、発熱など、誰もが日常生活で身近に経験する「炎症」。しかし、「そもそも炎症って何?」と、疑問に感じている人も多いのではないでしょうか。実は炎症は体を守るために不可欠な防御反応ですが、ときに暴走してしまうこともあるという二面性を持っています。また、一過性の「急性炎症」もあれば、自覚症状がないままじわじわと炎症が続く「慢性炎症」もあります。私たちの健康に深く関わる炎症とは何か、どんなメカニズムで進行するのか。炎症を正しく理解するための情報をお届けします。
傷が赤く腫れて痛んだり、風邪で熱が出たり、のどがヒリヒリしたりするのは、なぜか知っていますか。実はこれらは炎症によって起こる症状です。
「炎症は、生体にとって有害な異物を排除して、傷ついた組織を修復しようとする、もともと体に備わった反応です。つまり、環境が変化しても体を一定に保つ『恒常性』を維持するための防御反応だということです。また同時に、生体が攻撃を受けたことをからだ中に知らせるアラームサインでもあります」と千葉大学大学院医学研究院麻酔科学研究領域教授の長谷川麻衣子先生は話します。
炎症というと、腫れて痛い、熱が出てつらいといったマイナス面がすぐに浮かびますが、実は私たちの体を守るためになくてはならない反応なのです。
炎症の症状には「発赤」「熱感」「腫脹(腫れ)」「疼痛」の4つの徴候があり、これらに「機能障害」を加えたものが、“炎症の5徴候”と呼ばれています。この炎症反応を担っているのが免疫細胞です。中でも白血球の一つである「マクロファージ」という免疫細胞が大きな役割を果たしています。
炎症にはけがや風邪などが原因で一過性に起こる「急性炎症」と、弱い炎症が長期間続く「慢性炎症」があります。後者の慢性炎症は、過剰な内臓脂肪や継続的なストレスが原因で起こるものです。最近では、慢性炎症が、糖尿病などの生活習慣病や動脈硬化、がん、関節リウマチ、アルツハイマー病など、さまざまな病気の発症や悪化に関わることがわかってきています。そのため、“万病のもと”とも呼ばれています。
できるだけ慢性炎症を招く原因を遠ざけることが様々な病気の予防につながる可能性があるのです。
炎症が何かを正しく知り、健康な生活のために役立てましょう。
けがをしたところが赤く腫れて痛む。風邪をひいてのどがヒリヒリしたり熱が出たりする、化粧品などでかぶれる――。これらはどれも炎症によって引き起こされる症状です。では、どうしてこんな症状が起こるのでしょうか。長谷川先生は次のように説明します。
「これらの症状は体の傷ついた部分がけがや異物に反応したために起こるもので、この状態がまさしく炎症です。炎症はつらい症状を引き起こしますが、それは体にとって有害な異物を排除して、傷ついた組織を修復しようとするなど、体を安定した状態に保つために体に備わっている大切な自然の反応なのです。また同時に、体が物理的なダメージやウイルスなどの外敵から攻撃を受けたことを全身に知らせる機能でもあります」
炎症が起こっているとき、体の中ではどんなことが進行しているのでしょうか。炎症では、「発赤」「熱感」「腫脹(腫れ)」「疼痛」「機能障害」の5つの症状が起こります。これらは「炎症の5徴候」と呼ばれており、それぞれは炎症の過程で生じる様々な体の変化に対する反応です。順を追って見てみましょう。
「(1)まず、けがや感染により攻撃(障害)を受けた体の部位では、血管が拡張して血流が増し、赤く腫れてきます。それにより『発赤』や『熱感』が起こります。
(2)その後拡張した血管では、“外敵からの攻撃という一大事”に対処する白血球(免疫細胞)などの血液成分が血管の外の傷ついた組織に漏れ出るため、血管壁の細胞と細胞との間が緩くなります。これが『腫脹(腫れ)』の原因です。
(3)このとき血液中から大量に入り込んできた白血球の一種であるマクロファージや好中球などの免疫細胞は様々なサイトカイン(生理活性物質)という物質を出して患部の異物を攻撃し、除去します。
サイトカインには、免疫細胞自体を活性化したり、さらに多くの免疫細胞を呼び寄せたり、周囲の神経や細胞を刺激したりする働きがあるため、熱や『疼痛』(痛み)も出てくるのです。
(4)こうしたプロセスによって異物が除去されると、次に免疫細胞が傷ついた組織の修復を行い、治癒へと向かいます。
(5)ただし、この治癒がうまくいかない場合は、痛みが残って動くのがつらいなどの『機能障害』が残ることになります」(長谷川先生)
赤く腫れてズキズキ痛む傷口の真下では、「炎症」という名の体を守る戦いが繰り広げられています。そして、こういった一連の炎症反応を担っているのが白血球などの免疫細胞です。けがややけど、風邪などの感染症による急性の炎症の場合は、白血球の中のマクロファージ好中球といった免疫細胞がその主役を務めます。特に近年、その働きが注目されているのがマクロファージです。
「実はマクロファージには、全く逆の作用をする2つのタイプのものがあり、それぞれが働くことで、敵と戦い、その後そこで負った障害を治癒にまで持っていくことができるのです。その2つとは、炎症性マクロファージ、抗炎症性マクロファージと呼ばれるもの。炎症性マクロファージは、ウイルスや細菌などの病原体を攻撃したり、死んだ細胞や異物を除去したりする、まさに炎症の担い手です。一方、抗炎症性マクロファージは“外敵の退治”が終わった後で炎症を収束させ、炎症後の組織の修復を担っています。この両方のマクロファージが適切な時期にしっかり働いてこそ、炎症から治癒へのプロセスがスムーズに進むのです」と長谷川先生は話します。
炎症には比較的短期間で治る「急性炎症」と、長期間続く「慢性炎症」があります。急性炎症は前述した、炎症から治癒へと向かう一連のプロセスのことです。
切り傷や打撲などの外傷、骨折、関節炎、やけど、日焼け、かぶれなどの皮膚炎、虫刺され、歯痛、風邪などの感染症による発熱やのどの痛みなどの症状が当てはまります。
長谷川先生は、急性炎症と慢性炎症の違いを次のように説明します。
「急性炎症の場合は、原因物質が除去され、組織が修復されると自然に収束します。数日から数週間で炎症が落ち着くのが一般的です。慢性炎症の方は、炎症の原因となる物質が除去できず蓄積している状態で、炎症状態が数週間から何年にもわたって続きます」
最近特に注目されているのが慢性炎症です。弱い炎症状態がだらだらと長く続いている状態です。急性炎症のような自覚症状はなく、体の中で静かに進行していきます。この慢性炎症は、高血圧や糖尿病、動脈硬化、脂質異常症などの生活習慣病、がん、変形性関節症、関節リウマチ、アルツハイマー病、歯周病など、様々な病気の発症や悪化に関わっていることが明らかになってきました。
中年期に慢性炎症が起こっていた人では20年後に認知機能の低下度合いが大きかった※1、同様に中年期に炎症指数(CRP)が高かった人たちでは約25年後にフレイル(健康と要介護の間の虚弱な状態)になる率が大幅にアップしていた※2といった報告もあります。つまり慢性炎症は老化とそれに伴う病気のリスクを高めるのです。
「例えば肥満により内臓脂肪が過剰にたまると、この脂肪組織に炎症性マクロファージが多く集まってきます。しかし、炎症を収束させる抗炎症性マクロファージはうまく働かないため、慢性炎症が持続すると考えられています。これが血圧や血糖値の上昇を招くのです。また、動脈硬化の場合は、コレステロールを食べた(貪食した)マクロファージが血管内から除去されずに蓄積していくことで慢性炎症が進み、動脈硬化も進行します。慢性炎症はほとんどの病気にかかわっており、“万病のもと”ともいわれています。さらに加齢によって細胞自体の機能が低下すると異物を除去する働きが追いつかないため、慢性炎症が進みやすくなります」と長谷川先生。
内臓肥満や動脈硬化はけがや感染症ではありませんが、異物が除去されないために急性炎症と同じような炎症のメカニズムが働いてしまうのです。継続的にストレスがかかる状態が続くことでも、このような慢性炎症が起こりやすくなることがわかっています。しかも、炎症の“炎”は小さいながらも燃え続けて広がり、徐々に体を蝕んでいきます。
「一方、症状が悪化したり改善したりを繰り返す関節リウマチや変形性関節炎などは、急性炎症と慢性炎症がオーバーラップした病態といえます。悪化しているときは急性炎症の状態にあり、症状がおさまっているときは慢性炎症の状態にあるわけです。このような急性と慢性の炎症を繰り返し、その経過が長くなればなるほど、患部が変形したり神経症状が生じたりして、病態が進んでいきます」(長谷川先生)
紫外線も皮膚の炎症を引き起こす原因です。紫外線を浴びると皮膚の色素細胞(メラノサイト)がメラニンという色素を作り、紫外線の害から細胞を守ろうとするのです。このメラニンが皮膚に沈着したものが、シミとなります。
「紫外線によって炎症が起こり、それがおさまった後もメラニンが除去されずにいる状態です。夏場に毎日、紫外線を浴びてシミがなくならない状態というのは、異物除去がうまく追いついていないと考えてもいいでしょう。紫外線や女性ホルモンなどで悪化する『肝斑』も、炎症がくすぶっている状態と考えられます」(長谷川先生)
夏場など紫外線が強い時期は、炎症が生じるのを防ぐためにも日焼け止めや日傘、帽子などでしっかりUV対策をしましょう。
新型コロナウイルス感染症が流行したとき、ニュースで「サイトカインストーム」という言葉を耳にした人も多いのではないでしょうか。
サイトカインとは細胞が分泌する様々な働きを持つたんぱく質のこと。いろいろな種類がありますが、炎症では免疫細胞を活性化して外敵からの攻撃に対抗することを促すサイトカインが出ます。ところが、このサイトカインが必要以上に分泌され、炎症反応が過剰になって歯止めが利かなくなることがあるのです。これがサイトカインストーム。読んで字のごとく、サイトカインの“嵐”です。
「サイトカインストームでは免疫細胞が暴走してしまい、患部だけでなく、正常な組織まで攻撃するようになるため、あらゆる臓器が害されたり、全身がショック状態に陥ったりして、命にもかかわる非常に深刻な状態になります。急性炎症が“炎”で、慢性炎症が“小さな炎”だとすると、サイトカインストームによって起こる炎症は大きな炎が渦を巻いて燃え上がるような最大級の“大火事”と例えることができます。
この大火事に見舞われたら、一刻も早く、炎症を強力に抑えるステロイド薬を大量かつ集中的に投与して治療します。サイトカインストームが起こるかどうかの予測は難しいですが、免疫が働きやすい比較的若い世代に見られる傾向があります」と長谷川先生は話します。
風邪による発熱やのどの痛み、関節炎などのつらい炎症の症状があるとき、どうやったら鎮められるでしょうか。急性炎症を鎮める作用のある薬の代表が、NSAIDs(エヌセイズ、非ステロイド性抗炎症薬)です。
長谷川先生はNSAIDsの使い方について次のように指摘します。
「NSAIDsは急性炎症を抑える代表的な薬で、市販薬もあります。ただし風邪などの感染症による発熱は、体が細菌やウイルスなどを排除しようとする免疫反応のため、初期からむやみに解熱鎮痛薬を使って症状を抑えると、かえって症状を長引かせる可能性もあります。体が戦っている発熱状態の時は、体を休めることが治癒につながることもあるのです。
一般に、発熱時の解熱鎮痛薬の使用は、38℃以上の熱がある場合や、頭痛や倦怠感などがつらくて仕事や生活に支障が出る、症状がひどくて眠れない、といったときに使うのがいいでしょう。また、市販のNSAIDsを2~3日使っても症状が改善しなかったり、悪化したりするときは服用をやめて、すぐに医療機関で診てもらうようにしてください」
一方、頭痛や月経痛、歯痛などの痛みの場合には、痛みが軽い早めに飲むことで発痛物質がたくさん作られるのを抑えられ、効果を感じやすくなります。
では、慢性炎症に対してはどんな対処法があるでしょうか。
「慢性炎症は炎症が持続している状態ですから、副作用の観点からも自分自身の判断で市販薬を毎日使い続けるのは避けてください。例えば糖尿病などの生活習慣病がある方は、処方薬で抗炎症作用も期待できる薬剤を用いるなどして治療します。こうした場合には、医療機関でしかるべき診断を受けた上で治療しましょう」(長谷川先生)。
慢性炎症は予防が大切。日ごろから生活習慣に気をつけておくことがとても重要です。
まずは内臓肥満にならないこと。そしてストレスがかかった状態が長期化しないように気をつけること。糖尿病、脂質異常症などの生活習慣病があると慢性炎症が続くリスクが高まりますから、これらの病気にならないよう注意すること、かかったらしっかり治療することが肝心です。
健康診断ではコレステロール値や中性脂肪値、血糖値やヘモグロビンA1c(HbA1c)、肝機能などの数値に異常がないか確認しましょう。
「早く異常を見つけ、早く治療を始めることが、慢性炎症の進行を抑えることにつながります。また太りすぎないよう運動や食事に気をつけ、睡眠もしっかりとるようにしてください」と長谷川先生はアドバイスします。
体の自然な防御反応である急性炎症は、その起こっている体の中での働きを知り、抑えすぎない・我慢しすぎない、という適切な対処をすることが大切です。一方、慢性炎症を起こさないためには十分な睡眠や適度な運動と食事で、日ごろから生活習慣病対策を心がけましょう。