果物や野菜に注意、生活環境の整備も大切
2023.11.16 更新
「それまで何ともなかったのに、エビを食べたら急に蕁麻疹(じんましん)が出た」「大好きな桃を食べていたら、口の中や喉がイガイガしてきた」といった話を聞いたことはないでしょうか。これらは食物アレルギーによる症状です。近年、大人になってから突然、食物アレルギーを発症する人が急増しています。特に多いのが、花粉症を持つ人が食物アレルギーを発症するケースです。大人の食物アレルギーのトレンドとその対策を紹介します。
食物アレルギーというと子どもに多い印象がありますが、近年は大人になってから初めて発症する人が増えています。成人の食物アレルギーを多く診療する独立行政法人国立病院機構 相模原病院の福冨友馬先生は次のように話します。
「20年ほど前から食物アレルギーを訴えて受診する患者さんが増えてきました。私たちが以前インターネットで行ったアンケート調査では、成人の約10人に1人が『特定の食物を食べた後にアレルギー症状が出る』と回答しています※1。自己申告の回答ですから、それが本当に食物アレルギーかどうかはわかりませんが、欧州でも同じような数字が出ています。医学的に厳密な意味での日本の有病率ではないものの、おおよそ成人の1~2%なのではないかと推測されています」
では、なぜ大人になってから突然、食物アレルギーを発症するのでしょうか。福冨先生によると、大人が食物アレルギーを発症するには、主に2つのルートがあるといいます。
「ひとつは、ある食物を食べているうちに、その食物に対してアレルギー反応を示すようになる『経口感作(かんさ)型』。もうひとつが、皮膚や粘膜からのアレルギーを介して食物アレルギーを発症する『腸管外感作型』です。腸管外とは、口から食物を食べて腸で吸収されるという経路ではない、つまり経口感作型ではないという意味です」
「子どもの食物アレルギー」でも紹介した通り、食物アレルギーは、特定の食物を摂取したときに免疫反応が起こって様々な症状が出ることをいいます。
私たちの体にはウイルスや細菌などの病原体から身を守る「免疫」という仕組みが備わっており、異物が体内に侵入すると、それを特異的に攻撃したり排除したりする抗体がつくられます。
抗体は体を守る戦士のような存在で、ある特定の敵をやっつける抗体がつくられることを「感作(かんさ)」といいます。食物アレルギーでは、特定の食物に対する「IgE抗体」とよばれる抗体がつくられ、その食物(アレルゲン)が再び体内に入ってくるとアレルギー反応が起こるようになります。原因となる食物を摂取して30分以内、あるいは通常2時間以内に症状が出ます。
「『経口感作型』の代表が小麦のアレルギーです。詳しいメカニズムはわかっていませんが、パンや麺類などの小麦を日常的に摂取している人の一部が、だんだんと小麦に対してアレルギー反応を示すようになると考えられます。
一方、『腸管外感作型』は皮膚や粘膜からアレルゲンが体内に侵入することで、アレルギー反応が起こるようになります。例えば、調理や食品加工に携わる方が毎日のように魚やエビ、カニなどを触ったり、それらをボイルした蒸気を吸ったりしているうちに、その食物に対する感作が起こり、その食物を口から食べてもアレルギーが起こるようになることがあるのです。大人の場合、『経口感作型』と『腸管外感作型』の割合は半々といったところです」(福冨先生)
実は「腸管外感作型」で最も多いのが、花粉症から食物アレルギーになるケースだといいます。果物や野菜には花粉のアレルゲンと構造がよく似た物質が含まれているため、果物や野菜を食べると免疫細胞が「花粉が来た!」と勘違いして、アレルギー症状を起こしてしまうのです。このような反応を「交差(こうさ)反応」といいます。
そして、花粉症の人がこの交差反応によって果物や野菜などの食物に対してアレルギー症状を起こすことを「口腔アレルギー症候群(OAS)」、もしくは「花粉-食物アレルギー症候群(PFAS)」といいます。
大人の食物アレルギーが増えている背景には、増加する花粉症とそれに伴うOASやPFASの発症があると考えられています。
下の図は、相模原病院アレルギー科の受診患者の食物アレルギーの原因食物の内訳を示したものです。半数近くを占めるのが“果物”や“野菜”です。その後に“小麦”、エビやカニなどの“甲殻類”が続き、そこまでで全体の約7割になります。大人になって食物アレルギーを発症する原因として最も多いのが果物・野菜というわけですが、このほとんどが前述のOASによるものです。
では、何の花粉アレルギーの人がどの果物を食べると交差反応が起こりやすいのでしょうか。最も多いのは、シラカンバなどのカバノキ科の植物の花粉に対して花粉アレルギーがある人がバラ科(リンゴ、サクランボ、モモ、ナシ、イチゴ、プラムなど)、マメ科(大豆、ピーナッツなど)、セリ科(ニンジン、セロリなど)の果物や野菜に対して食物アレルギーを発症する例だといいます。
「カバノキ科花粉には、アレルゲンとなる“PR-10”というたんぱく質が含まれています。これと構造がよく似た物質がバラ科やマメ科などの果物や野菜にも含まれるため、それらを生で食べたときに交差反応が生じ、唇や喉などにかゆみや腫れなどの食物アレルギーの症状が出てしまうのです」と福冨先生は説明します。
OASが起こる頻度は、日本ではカバノキ科花粉のアレルギーを筆頭に、次がイネ科やブタクサなどの草の花粉アレルギー、そしてスギやヒノキのヒノキ科の花粉アレルギーが続きます。
「スギやヒノキの花粉は基本的に食物アレルギーにはあまり関係しないのですが、実はスギやヒノキの花粉にごく少量含まれる“GRP”というアレルゲンに反応する人では、バラ科の果物などを摂取したときにアレルギーを起こすことがあると最近わかってきました。
この場合は口や喉などの局所症状だけでなく、全身的な症状が出現しがちで、ごくまれにアナフィラキシーショックを起こすこともあります。スギやヒノキの花粉にアレルギーがある人は、そういった可能性があることを知っておくといいでしょう」(福冨先生)
交差反応を起こして食物アレルギーに至るケースは、花粉症以外にもあります。驚くような意外な組み合わせも少なくありません。どんな人がどんな食べ物をとるとアレルギーを起こしやすいのか、いくつか例を紹介しましょう。
○クラゲに刺されて、納豆アレルギーに
クラゲの毒針には「ポリガンマグルタミン酸(PGA)」という物質が含まれています。海でクラゲに刺されてPGAが体内に入ると、PGAを敵とみなす抗体がつくられます。実は納豆にもPGAが含まれるため、食べると交差反応が起こり、アレルギー症状が出る可能性があるのです※2。サーフィンやスキューバダイビングなどのマリンスポーツ愛好者に多いと報告されています。
○猫を飼って、豚肉アレルギーに
猫の毛やフケ、唾液などに反応する猫アレルギーの人が、豚肉を食べて食物アレルギーを発症することがあり、これを「豚肉-猫(pork-cat)症候群」といいます。猫アレルギーの一部の人は“Feld2”というアレルゲンに対する抗体を持っていますが、豚肉にもこのアレルゲンと似た物質が含まれています。そのため、食べたときに食物アレルギーが起こりやすくなります。
○マダニに刺されて、牛肉・豚肉アレルギーに
マダニに噛まれると、マダニの唾液中に存在する“糖鎖α-Gal”と呼ばれるアレルゲンに対して抗体がつくられます。牛肉や豚肉にもこの物質が含まれるため、牛肉や豚肉を食べてアレルギー反応を示すことがあります。犬や猫を飼っていると、マダニに噛まれる可能性があるため牛肉や豚肉のアレルギーになるリスクが高まります。
○ラテックス手袋で、バナナ・キウイアレルギーに
ラテックスはゴムの樹皮から分泌される粘液で、ゴム手袋などの原料になります。ラテックスを使った手袋を頻繁に使う人がラテックスアレルギーになると、“ヘベイン”というアレルゲンに対する抗体がつくられます。
バナナやキウイ、クリ、アボカドなどには、この抗体に構造が似た物質が含まれるため、食物アレルギーを発症することがあり、「ラテックス-フルーツ症候群」と呼ばれます。
「以前はラテックス手袋を使うことが多かった医療従事者に、こうしたアレルギーが見られました」と福冨先生。
食物アレルギーを引き起こす食物には実にいろいろなものがあり、また人によって症状も重症度も様々です。その症状が本当に食物アレルギーなのか、どの食物に対して反応しているかなど、詳しいことを知るには専門の検査が欠かせません。
医療機関では詳しい問診に加え、原因食物に対するIgE抗体の量を調べる血液検査、アレルゲンのエキスを皮膚にのせ、専用の針で小さな傷をつけてアレルギー反応を見る皮膚テストなどが行われます。
「ただし、血液検査や皮膚検査で陽性と出ても、それだけで診断を下すことはありません。一番大切なのは問診。何をどのように食べたとき、どんな症状が出るのか、患者さんから詳しく話を聞いて総合的に診断します。
原因食物をどの程度除去すべきか、あるいは除去しなくてもよいのかなど、食物アレルギーの診断や治療は一筋縄ではいきませんので、専門の医師に診てもらうことをおすすめします。
食物アレルギーのような症状が出て生活に支障が出ている方は、早めに受診するといいでしょう」(福冨先生)。
一般社団法人日本アレルギー学会が運営する「アレルギーポータル」というサイトに全国の医療機関情報が載っているので参考にしましょう。
また「もしや食物アレルギー?」と思う症状が出たら、摂取した食物や症状・発症までの時間などについて、できるだけ詳しくメモをとっておくと受診の際に役立ちます。
なお、のどや胸が締め付けられるようになって呼吸困難になったり、意識が朦朧としたりするような重い症状が出た場合はアナフィラキシーの可能性が高いので、すぐに救急車を呼びましょう。
食物アレルギーの検査では通常、血液中のIgE抗体を調べます。IgE抗体と同様、免疫グロブリンの一つであるIgG抗体を調べることがありますが、主に感染症にかかったかどうかを判定するときに用いられるのが一般的です。
「IgG抗体は食物アレルギーがない健康な人にも存在しますし、誰でも特定の食物の摂取量が増えれば、その食物に対する特異的IgG抗体の数値も上がるものです。2015年には日本アレルギー学会も、食物アレルギーの診断にIgG抗体は有用でないという見解を公表し、注意喚起しました※3。
それは、IgGによる判断は食物アレルギーの確定診断としての負荷試験の結果と一致しないことや、IgG抗体検査結果を根拠として原因食品を診断し、陽性の場合に食物除去を指導すると、原因でない食品まで食べられなくなり、多品目に及ぶ場合には健康被害を招く恐れがあるからです」と福冨先生。
大人の食物アレルギーの発症・増悪には、いろいろな要素が関係しています。症状を予防したり悪化させたりしないための日常での注意点を福冨先生に伺いました。
○花粉症を悪化させない
前述の通り、OASは花粉症から始まります。花粉症シーズン直後の5月ごろには花粉に対するIgE抗体価が最も高くなっており、OASの発症が増える傾向があるそうです。花粉が飛ぶシーズンはしっかりと花粉対策を講じ、症状がひどくならないようにすることが、OAS予防につながります。
○食後すぐに運動をしない
子どものアレルギー“対策・予防”篇で紹介したように、「食物依存性運動誘発アナフィラキシー」では運動が食物アレルギーの引き金になります。昔から「食後はすぐに動かない方がいい」とか、「食休みを」などといわれます。
「特に、思い当たる食物を食べた後2〜4時間は運動や入浴を控えるようにしましょう」(福冨先生)
○砂糖をとり過ぎない
「砂糖のとり過ぎはアレルギー症状を悪化させやすいといわれます。詳しいメカニズムはわかっていませんが、ブドウ糖を代謝する際にビタミンやミネラルが消費されてしまうこと、腸内細菌のバランスが崩れることなどが一因と考えられます。日ごろから砂糖を多くとっている人ほど、減らすことでアレルギー症状の改善効果が得られやすい可能性があります」(福冨先生)
○荒れた肌を放置せず、しっかりケア
「手や顔などの肌が荒れていると皮膚からアレルゲンが侵入しやすくなります」(福冨先生)
子どものアレルギー“対策・予防”篇でも紹介したように、刺激の少ない洗浄剤で洗い、その後しっかり保湿する肌ケアを行いましょう。感染対策で頻回に手指消毒をしている人も、手荒れに注意が必要です。
○睡眠不足や慢性的な疲れに気をつけて
「過労や睡眠不足、慢性的なストレス、食事の偏りなどがあると、そうでないときよりもアレルギー症状が出やすくなります。生活習慣を見直し、体調を整えておくことが重要です」と福冨先生。
○薬を上手に使う
「食物アレルギーがあって普段は原因食物を避けていても、結婚式や同窓会に出席したり、友人と外食したりする場合は原因食物を完全に避けるのが難しくなります。そんなときはあらかじめ抗アレルギー薬を常備しておくことで、早い段階で症状に対処できます。薬をうまく使えば生活の質を落とさずにすみますので、通院している方は主治医に相談してみるといいでしょう」(福冨先生)
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大人の食物アレルギーは、個々の患者さんの長年にわたる生活習慣を反映していることが多いものです。
「症状がごく軽くて食物アレルギーに気づいていない人もいれば、生活に支障が出るほど困っている人もいます。ある日突然、重い症状が出る可能性もゼロではありません。
必要以上に怖がる必要はありませんが、食物アレルギーの知識を少しでも頭に入れておくと、生活を見直すきっかけになり、発症や症状悪化の予防に役立つかもしれませんね」と福冨先生はアドバイスします。