今と昔で変わった子どもの食物アレルギー、新常識 第1回
2023.11.16 更新
今や乳児の約10人に1人が食物アレルギーを持つと言われています。以前は子どもの食物アレルギーは「妊婦がアレルゲンになる食べ物の摂取を控える」、「子どもにアレルゲンになる食べ物を食べさせない」が正しいといわれてきました。
しかし最新の研究で、こうした“常識”が覆る様々な知見が得られています。かつて常識といわれた対応が、実は子どもの食物アレルギーを助長する可能性もあるのです。
アレルギー対策の“今”を見てみましょう。
2020年に公表された全国調査の結果によると、2歳児の約10人に1人が食物アレルギーを持つと報告されています※1。日本アレルギー学会学術大会での大人も含めた食物アレルギーに関する演題数は1990年代から増え始めて、2000年からは急増しており※2、食物アレルギー患者数そのものも増えていると考えられます。東京慈恵会医科大学附属病院母子医療センターで子どものアレルギー診療に携わる田知本寛先生は、次のように話します。
「東京都が1999年から5年ごとに実施している3歳児健康診査でのアレルギー疾患に関する調査でも、食物アレルギーの子どもはこの20年間で約2倍に増加していました。この10年で見ると食物アレルギーを持つ子どもの比率は15%前後で推移しています※3。この状況は東京都に限らず、全国的な傾向と見ていいでしょう。増加の背景には、診断の精度が以前よりも上がったことで患者数が増えている側面もあるかもしれませんが、食生活をはじめとした生活習慣の変化など未知な何かが関わっていると考えられます」
そもそも、「アレルギー」はどうして起こるのでしょうか。
私たちの体には、ウイルスや細菌などの病原体を「自分の体内に存在すべき“自己”とは異なる“非自己”」として認識し、排除することで身を守る「免疫系」という仕組みが備わっています。
けれども、この免疫の仕組みが過剰に反応すると、外部刺激や口に入れた食べ物に対して、本来敵ではないにも関わらず“特定の異物=アレルゲン”と認識し、攻撃してしまいます。その結果、「IgE抗体(免疫グロブリン)」が作られ、体に様々な症状が“過剰な反応”として引き起こされる場合があります。これが「アレルギー反応(過敏反応)」です。
アレルギー反応を引き起こすものは“アレルゲン”といわれ、食物のほかダニやカビ、花粉など様々なものがあります。こうしたアレルギー反応によって引き起こされる代表的な疾患が、「食物アレルギー」「アトピー性皮膚炎」「気管支喘息」「アレルギー性鼻炎」「アレルギー性結膜炎」「花粉症」です。これらの6つはアレルギー疾患対策基本法に定められています。「花粉症」は花粉をアレルゲンとしたアレルギー性鼻炎、アレルギー性結膜炎を示します。中には気管支喘息やアトピー性皮膚炎の症状を示す人もいます。
食物アレルギーをはじめとする多くのアレルギーに関係している抗体は「IgE抗体」とよばれるものです。
原因となる食物(アレルゲン)が体内に入ると、その食物に狙いを定めて攻撃するIgE抗体が作られます。例えば卵アレルギーの場合は、卵のたんぱく質に反応するIgE抗体、小麦アレルギーの場合は小麦のたんぱく質に反応するIgE抗体という具合です。
そして、このIgE抗体はアレルギー反応を引き起こす細胞(マスト細胞)の表面にくっついて、再び攻撃対象がやってくるのを待ち構えます。これが「感作(かんさ)」と呼ばれる状態で、いわばアレルギー反応が起こる準備が整った状態です。その後にアレルゲンが体内に入りIgE抗体にくっつくと、マスト細胞からアレルギー症状を起こす化学物質であるヒスタミンなどが放出され、皮膚のかゆみや咳、くしゃみなどのアレルギー症状が引き起こされるのです。食物アレルギーの症状は多くの場合、原因食物を摂取後30分以内、遅くとも2時間以内に起こります。
例えば、キノコやフグに含まれる毒を食べてしまったときにも様々な症状が出ますが、これは毒そのものが症状を引き起こしており、そこに免疫は関わっていないため、食物アレルギーではありません。別の例では、もともとヒスタミンを含んでいる食物(傷んだサバなど)を食べて蕁麻疹(じんましん)などの症状が出ることがありますが、ヒスタミンによって蕁麻疹症状が起こっているもので、これも発症に免疫の仕組みは関与しておらず、食物アレルギーではありません。
また、牛乳を飲むと下痢を起こす人がいますが、これはアレルギーとは別に牛乳に含まれる乳糖を分解する酵素を作り出せない体質の場合もあります。このように、特定の食品を分解する酵素が不足しているといった体質によって不調が起こる状態を「食物不耐症(しょくもつふたいしょう)」といいます。
食物アレルギーによって起こる症状は、実に多様です。例えば皮膚ではかゆみや赤み、蕁麻疹(じんましん)、湿疹など。呼吸器では声がかすれたり、息がしにくい、咳(せき)など。消化器では腹痛や吐き気、下痢など。目では充血や涙、鼻ではくしゃみや鼻水、口では腫れやかゆみ、イガイガ感などが起こります。症状の程度も、軽いものもあれば、重いものもあり、重篤なケースでは「アナフィラキシーショック」に陥ることもあります。
アナフィラキシーとは、2つ以上の臓器にアレルギー症状が現れる状態のことを指し、特に、血圧低下や意識障害などの状態に陥る場合を「アナフィラキシーショック」とよびます。命の危険を伴うので、その場合にはすぐに対応し救急車を呼ぶ必要があります。
このようなショック症状に対して有効なのが、アドレナリン筋肉注射です。既に医師からアドレナリン自己注射(エピペン)を処方されている場合には、症状発現時にはただちに使用しましょう。
これまでにアナフィラキシーを起こしたことのある人は、いざというときに備えて、医療機関で事前にアドレナリン自己注射(エピペン)を処方しておいてもらうと安心です。
食物アレルギーを起こしやすい食べ物は何でしょうか。
消費者庁の「令和3年度 食物アレルギーに関連する食品表示に関する調査研究報告書」によれば、最も多いのが鶏卵で33.4%。その後に牛乳(18.6%)、木の実類(13.5%)、小麦(8.8%)と続きます。前回の同調査(2017年)では、鶏卵(34.7%)、牛乳(22.0%)、小麦(10.6%)、木の実類(8.2%)の順で、木の実類の割合が増えてきました。
これを、年齢群別に見たのが下の表です。例えば0歳では鶏卵と牛乳、小麦で96.2%を占めます。しかし1、2歳以降になると木の実類や魚卵が増え、7歳以降に甲殻類が増えてきます。
こうした状況について、田知本先生は次のように解説・アドバイスします。
「最近の傾向として、木の実類のアレルギーが増加しています。クルミやカシューナッツなどは、輸入量や消費量も増加し、ナッツ類のスプレッドなども気軽に手にできるようになってきました。それに伴って木の実類の子どものアレルギーも多くなっています。木の実はそのまま口にすると誤って気管に入る危険がありますから、やはり1、2歳くらいまでは避けた方が安心でしょう」
「魚卵類が1~2歳で4番目にあり、平成13年に調査開始したときより増えているのは、外食などで生の食物を食べる機会が増えるなど、生活様式が変化したことが関係しているのではないかと考えています。食物は加熱したり、消化によりアレルゲン(たんぱく質)の構造が変化すると食物アレルギーの原因になりにくくなりますが、生の食物はそれに比べてリスクが上がります。
特に乳幼児は消化管が未発達なため、十分に消化できなかった食べ物がアレルゲンとなる可能性があります。基本的には乳幼児への食事は加熱調理したものがよいでしょう」(田知本先生)
子どもの食物アレルギーについての研究が進み、新しい知見が続々登場しています。以前は正しいと思われていたことが覆され、祖父母世代が当たり前と思っていた“常識”が今では“非常識”になっているという例も少なくありません。あなたはいくつご存知ですか?
⇒NO!
親が花粉症や何らかのアレルギー疾患を持つと、子どもにもアレルギー素因が受け継がれ、アレルギーになりやすい体質を持つ傾向があります。
「ただし、アレルギーは遺伝的な要因だけでなく、環境的な要因も組み合わさって発症するので、アレルギー体質だからといって必ずアレルギー疾患になるわけではありません。また発症する場合も、親が食物アレルギーなら子どもも食物アレルギーになるという1対1の関係ではなく、どのアレルギー疾患を発症するかは個人によって異なります」と田知本先生は話します。
⇒NO!
以前は、卵や牛乳などのアレルギーを起こしやすい食物を妊娠中にできるだけ食べない方がいいといわれている時期もありましたが、現在は考え方が変わりました。
「妊娠中にアレルゲンになる食物を除去しても、除去しなくても、食物アレルギーの発症に差がないことがわかりました。とはいえ、もちろん過度に摂りすぎるのは避け、バランスのよい食事を心がけることが重要です」(田知本先生)
⇒NO! ただし、湿疹やアトピー性皮膚炎などの肌トラブルがある場合は医師に相談を
以前は離乳食にアレルギーを起こしやすいものを食べさせない方が良いと考えられていました。
「けれども、最近ではこうしたことをしても食物アレルギーの予防にはならないことがわかってきました。ただし、前述したように、近年1歳以上の子どもで木の実類や魚卵の食物アレルギーが増えていることを考えると、食べさせすぎないようにすることも大切です。また、湿疹やアトピー性皮膚炎など、皮膚のトラブルが改善しない乳児は、食物アレルギーが存在する可能性があるので、医師に相談しましょう」と田知本先生。
⇒NO!
「『アレルギーが心配だったのでIgE抗体を調べる血液検査をしたら、結果が陽性。その食物を徹底的に除去したところ、栄養障害に陥ってしまった』。過去には、そのような事例もありました。今は血液検査でIgE抗体が陽性と出ても、その食物を実際に食べて症状が出ないのなら除去する必要はないというのが、基本的な考え方です。食べて症状が出る、それが食物アレルギーだということです。もっともこれまで食べたことのない食物のIgE抗体の値が非常に高いような場合は、その食物の摂取によって症状が出る可能性が否定できませんから、医師と相談して対処法を決めることが大切です」(田知本先生)
⇒NO!
子どものころに食物アレルギーを発症すると、ずっと治らない。そう考えている方も多いのではないでしょうか。
「子どもの食物アレルギーの場合は、約8割の方が“耐性獲得”といって、成長に伴い徐々に原因食物を食べられるようになります。治療では、アレルギーの原因になる食物でもどの程度なら食べられるか、医師と相談しながら安全に食べられる量を見極めて食べ始めます。そのように、安全な範囲を確認しながら食べ続けていくうちに、やがて体が過敏に反応しなくなるのです。ただし、アナフィラキシーショックを起こしたりする重症例では、耐性獲得が難しい場合もあります」(田知本先生)
このように、これまでは正しいこととして支持を集めてきた様々な説が見直されつつあります。食物アレルギーについては今も研究が進められており、今後も次々と新たな知見が出てくることでしょう。お子さんの健やかな成長のため、常に最新の科学的根拠のある情報を入手したいものです。